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【タイガ-生命の森へ-】気骨の猟師 誇り高き「イッテツ」

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【タイガ-生命の森へ-】気骨の猟師 誇り高き「イッテツ」

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ウデヘの伝統服、ハラートを着るありし日のイワン・ゲオンカ=ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)  「イッテツ」。それが猟師イワン・ゲオンカのあだ名だった。漫画「巨人の星」の主人公、飛雄馬の父・一徹のことである。

 クラスヌィ・ヤール村の猟師は個性的で、それぞれ独特の風貌と強烈な存在感がある。そんな彼らに、村を訪ねる日本人の仲間がいつの間にか親しみを込めてあだ名をつけるようになった。一徹、青昇龍、長州力…。名前を忘れてもあだ名を呼ぶだけで一人一人の顔がぱっと浮かび、話が通じるのである。改めて並べるといずれも強力なキャラクターばかりで笑ってしまう。

 イッテツことイワンは、僕が最初に村を訪ねた時からの知り合いだ。兄のヤコフ・カンチュガとともに頼れる腕利きの猟師だった。“気骨”を感じさせる頑固な風貌。ウデヘの歴史や伝統を人一倍誇りに思い、ビキン川とタイガが大好きだった。以前この連載でも紹介したが、伝統的な舟の製作やハラートと呼ばれる衣装を次世代に引き継ぐことに、静かな情熱を持っていた。

 そんな彼がクマに襲われて亡くなってしまった。おととしのことになるのだが、話を聞いても彼の元気な姿ばかりが目に浮かび、僕は今でもなかなか信じられない。

 自分の庭のようなビキン川のタイガで、しかも狩小屋の脇での事故だった。若い猟師が発見した時にはすでに息絶え、小屋の扉はタイガに向かって開け放れたまま。近辺にクマの痕跡があったという。 

 ≪クマを倒し、倒される 容赦ない自然≫

 猟師の狩小屋はほとんどが入り組んだビキン川の水辺に建つ。広大なタイガに紛れ込んだちっぽけな隠れ家のような存在だ。クマが小屋の近くにくることは決して珍しいことではない。ときおり食料庫をクマが荒らすことがあると聞くし、足跡や爪跡、樹上で枝を折りながら木の実を食べた“クマ棚”の跡もそこかしこに見かける。タイガこそがクマの家でもあるのだ。

 ただ猟師はクマのほか、シカやイノシシも見つければ銃を撃つ。動物は人と適当に距離をとって行動するのが常だ。イワンを襲ったクマは匂いに誘われたのか、あるいは食料を得て小屋付近に居ついたところでイワンと鉢合わせ、不幸な事故が起きてしまったのか-。一頭の野生動物と猟師の間でその時何があったのか、今となっては知るよしもない。イワンはクマに襲われていなくなり、もう会えなくなってしまったという事実が、じっと横たわるばかりだ。

 イワンの兄、ヤコフ・カンチュガも4年前の冬、ビキン川の氷をスノーモービルで踏み抜き、亡くなってしまった。2人ともまだ60代。精気にあふれ、リーダー格の猟師として一線に立っていた時の遭難である。きっと存命ならウデヘならではのやり方で、ビキン川とタイガの魅力を伝え続けていただろう。そうと思うとつくづく残念でならない。タイガの自然とは、恵みを与えてくれる一方で何と容赦ないものだろう。

 初めて兄のヤコフの家にお邪魔した時、古い写真を見せてもらったことがある。そこにはタイガを伐採から守る先祖の姿やビキン川での砂金堀り、昔の船着き場の風景などにまじって、若き日のイワンとヤコフのクマ狩りの写真があった。残雪のタイガで大きなクマを仕留めた兄弟は若く誇らしげだった。色あせた写真からも2人のタイガへの親近感がひしひし伝わってきたものだ。

 イワンとヤコフが亡くなった今、その写真を見ると、さまざまな思いが交錯する。

 クマを倒す日もあればクマに倒される日もある。川に生かされる日があれば生命を奪われる日もある。それがこのタイガでの生活なのだ。そして何があっても、残された若い猟師たちは、2人をのみ込んだタイガでまた日々生きてゆくのである。

 川や森、木や動物との精神的な近さ-。つまり自然との壁のなさがウデヘの文化ではないか、と以前書いたことがある。イワンとヤコフはもう村で会うことはできないが、僕にはまだ2人がタイガの中にいるように思えてならない。

 ■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。

 ■ビキン川のタイガ ロシア沿海地方に広がる自然度の高い森。広葉樹と針葉樹がバランスよく混ざっており、絶滅に瀕したアムールトラをはじめ、多様な種類の野生動物が生息している。

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