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海図作製の人材育成事業 18世紀の情報しかない「危険な場所」も

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海図作製の人材育成事業 18世紀の情報しかない「危険な場所」も

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日本財団がかかわっている人材育成事業の修了生一人一人を激励するモナコ公国のアルベール2世公(左から2人目)=2014年10月6日、モナコ(日本財団提供)  【ソーシャル・イノベーションの現場から】

 船にも速度制限などのルールがあり、そうした安全航行に必要な情報をまとめたマップが「海図」である。この海図を作るための学問が「水路学(hydrography)」だ。そして、世界の海図や海の測量に関する取り決めなどを行っているのが「国際水路機関(IHO)」である。

 海図は、測量船が収集した水深などの情報によって作られる。陸の地図では考えにくいが、測量船や専門家が足りない国の海域では、データがまだデジタル化されていない「空白エリア」どころか、いまだに18世紀のクック船長が測量した情報で海図が作られ、島などの位置が実際より数キロずれている危険な場所もある。

 こうした状況を改善するため、日本財団はIHOや日本水路協会、英国水路部(UKHO)などと協力し、主に途上国の海図作製技術者を育成する「NF-IHO CHART事業」を実施している。毎年6人ほどがUKHOで約3カ月学ぶもので、2009年からこれまでに26カ国の36人が修了している。

 国際的な連携が不可欠

 海にはもう一つ、「GEBCO(大洋水深総図)」という重要なマップがある。これはどこにどんな海底火山や海溝があるかなどを測量して示した世界の海底地形図だ。実は海底は月面よりも情報が少ない。日本財団では、この水深総図を管理する「GEBCO指導委員会」とも人材育成事業を実施している。不明な点が多い海底の様子を明らかにするため、GEBCOの作製・改訂に関わる測量学専門家の育成を支援している。毎年6人ほどが米ニューハンプシャー大学で約1年間学び、04年からこれまでに31カ国の60人が巣立った。

 未解明なことが多いため、海底地形図の進歩自体が意義深いことだが、それだけでは不十分だ。というのも、気候変動など地球規模の深刻な環境問題に海が深く関わり、海底だけ、海岸だけという一部分に限局した見方では対応しきれなくなっているのだ。

 海底から海岸まで、海の情報を統合できれば、例えば、気候変動の予測の正確性の向上につながる。科学的な裏付けがより正確になれば、それらに基づき、より効果的な政策や国際ルールを策定できる。つまり、昨今の世界の海の問題の解決には、海底から海岸、科学から政策といった、幅広い分野の国際的な連携が不可欠となっている。その中で、水路学や測量学分野も重要なプレーヤーとなっているのだ。

 モナコ公も「効果」に言及

 そして、こうした分野や国を超えた連携を進めていくうえで、日本財団が関わっている人材育成事業で同じ釜の飯を食べて切磋琢磨(せっさたくま)した、国も職務も多様な修了生の絆が大きな可能性を持つことになる。

 昨年10月にはIHOの臨時総会がモナコ公国で、元米女優のグレース・ケリー妃の息子に当たる元首アルベール2世公も出席して行われた。2世公は、曽祖父のアルベール1世がGEBCO作製の礎を築き、海洋学の父と呼ばれていることもあり、モナコを海洋管理の国際拠点にしたいという熱意の持ち主だ。

 2世公は、世界の持続可能な発展のためには正確な科学的データに基づき、人間活動が環境に与える負荷についての分析が必要であり、水路学・測量学の役割と重要性が増しているとの考えを述べ、そのための国際的な人材育成の重要性を指摘。日本財団の2つの人材育成事業の効果にも言及した。

 修了生7人が実際に研究成果を発表する機会が設けられたが、2世公が直接研究内容について質問する場面もあった。修了生には大きな励みとなり、「研修でできたネットワークを生かした共同研究に引き続き積極的に挑戦したい」と、頼もしくコメントした。

 世界が一丸となり海をめぐる多様な問題の解決に当たるには、国や分野の壁を超えることが必要だ。日本財団ではモナコに全ての修了生とアルベール2世公をはじめとした世界の海洋に関わる重要なプレーヤーを集め、水路学・測量学分野以外の人たちにもその重要性を知ってもらい、海を守るために実際に効果のある新たな活動を生み出す場を設けようと現在、準備を進めている。(日本財団 海洋安全・教育チーム 桑田由紀子/SANKEI EXPRESS

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