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【佐藤優の地球を斬る】「イスラム国」狙いは無力感植え付け
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イラクのファルージャで装甲車に乗り、“国旗”を振るイスラム国の戦闘員=2014年3月30日(AP) シリアとイラクの一部地域を占拠するイスラム教過激組織「イスラム国」とみられるグループが、身代金2億ドルを支払わなければ72時間以内に殺害すると脅迫してきた。テロリストの卑劣な行為に強い憤りを覚える。マスメディアでは、「日本政府は身代金を払うべきか否か」という議論がなされているが、これは疑似問題だ。疑似問題とは、仮定や前提が間違っているので、答えがそもそも存在しない問題のことだ。
「ウサギの角の先は鋭っているか、それとも丸いか」という問題について考えてみよう。ウサギには角がないので、こういう疑似問題について議論しても答えがでないし、そもそも意味がない。
常識に照らして考えてみよう。身代金を銀行送金することはできない。通常は、現金か金塊で支払う。百貨店で用いられている紙袋に100ドル札を詰め込むと50万ドルくらい入る。2億ドルならば400袋必要だ。ドル札も使用後の追跡が可能な連番の新札ではなく、使用済みの札が必要になる。1、2日でこれだけの札を集めることは至難の業だ。金塊ならば4トン以上必要になる。これだけの札束や金塊をひそかに運搬し、引き渡すことは不可能だ。
テロリストの目的は身代金ではない。筆者は、「イスラム国」の設定した土俵で日本政府やマスメディアを踊らせ、日本人に「イスラム国」が描いたシナリオを阻止することはできないという無力感を抱かせることがテロリストの目的と認識している。
「イスラム国」が目指しているのは、世界イスラム革命だ。「イスラム国」とこの「国」を支持する人々は、唯一神アッラーの法(シャリーア)のみが支配するカリフ帝国(イスラム帝国)を21世紀の世界に本気で建設しようとしている。この目的を実現するためには、暴力やテロに訴えることを躊躇(ちゅうちょ)しない。今回の日本人人質事件は、7~9日にフランスで起きた連続テロ事件の文脈でとらえるべきと思う。「イスラム国」は暴力やテロという手段も用いて世界イスラム革命を実現することを決めた。
積極的平和主義を掲げる安倍晋三首相が今回、中東諸国を歴訪したことが、テロの原因になったという見方は完全に間違っている。このタイミングで安倍首相が中東を訪れなかったとしても、いずれかのタイミングで「イスラム国」は、この種の脅迫を行ったと思う。なぜなら、既存の国際法、自由、民主主義という普遍的価値観を順守する日本が米国、欧州諸国、ロシアとともに「イスラム国」による打倒対象とされているからだ。
過去の歴史で、「イスラム国」によく似た機能を果たした組織がある。1919年3月に創設された「コミンテルン」(共産主義インターナショナル=国際共産党)だ。17年11月にロシアで社会主義革命が成功したのを受けて、ボリシェビキ(共産主義者)は、世界的規模で革命を起こそうとした。その指令塔となったのがコミンテルンだ。コミンテルンの本部はモスクワに置かれたが、ソビエト・ロシア(22年以降はソ連)とは関係ないという建前だった。コミンテルンの公用語は、ロシア語でなくドイツ語だった。コミンテルンは各国に支部を作り、革命運動を指導した。日本共産党も当初は、国際共産党日本支部と名乗っていた。ナチス・ドイツと戦う際にコミンテルンが存在すると、ソ連と英米など資本主義国との同盟関係に支障を来すので、43年11月にコミンテルンは解散した。「イスラム国」の目的が世界イスラム革命で、その目的を実現するためには、日本の国家体制を破壊することが不可欠になるという現実を冷徹に見据える必要がある。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)