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【佐藤優の地球を斬る】「イスラム国」の目的を見誤るな
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イスラム国に拘束されているヨルダン軍のパイロット、モアズ・カサスベ中尉の写真を掲げ、解放を訴える親族たち=2015年1月29日、ヨルダン・カラク(ロイター) 「イスラム国」(IS)に捕らえられているフリージャーナリスト、後藤健二氏の解放交渉が難航している。日本政府もヨルダン政府も全力を尽くしているが、イスラム国に誠実に交渉をする意図がないのが原因だ。
交渉は、双方でやりとりをしながら、それぞれの当事者が少しずつ譲歩し、合意点を見いださなくしてはまとまらない。イスラム国は、「テロ事件で収監されているサジダ・リシャウィ死刑囚を釈放せよ。そうすれば後藤健二氏を釈放する。リシャウィ死刑囚を釈放しなければ、後藤氏と(イスラム国が拘束している)ヨルダン軍のパイロット、モアズ・カサスベ中尉を殺害する」という恫喝を要求として出している。
27日以来、ヨルダンの閣僚がカサスベ中尉とリシャウィ死刑囚の交換をテレビで呼びかけている。ヨルダンとイスラム国の交渉チャネルが不安定で、秘密交渉で行っている内容がイスラム国中枢部に到達していない可能性があるので、このようなマスメディアを通じた交渉をヨルダン政府は行わざるを得なくなっているのだろう。イスラム国は、譲歩を一切示さずに、最後通牒的に要求を突きつけている。
それは、イスラム国の目的がリシャウィ死刑囚の奪還ではないからだ。筆者の見立てでは、イスラム国は、後藤氏とリシャウィ死刑囚の交換という枠組みに固執し、ヨルダンの政府と国民の望むカサスベ中尉の釈放に応じないという姿勢を貫くことで、ヨルダン国民の王制に対する不満を高めようとしている。そのような手段で、イスラム国は、世界イスラム革命を推進し、カリフ帝国を建設するという戦略をもっている。
1月30日付産経新聞で中東情勢の第一人者である山内昌之氏がこう述べている。
<(ヨルダンの)アブドラ国王が直面する問題は、空軍機操縦士を生んだ東岸住民の不満をかわしながら、日本の国民と政府の要望を叶える国際信義だけではない。死活なのは、国内で民主化要求を強めるパレスチナ人の圧力を宥めながら、「次はリヤド」と呼号していたISの戦略的目標を「次はアンマン」と言わせないために内政を安定させることだ。国王が11月に来日された折に私がISについて質問したとき、“分析官”のようにパワーポイントで状況を説明された熱弁には出席者の全員が圧倒された。
日本国民としては今、ヨルダン国王と政府の誠意を信じて静かに事態を見守る他ない>
きわめて冷静な見方と思う。
筆者が心配するのは、日本国内でイスラム国に共感を覚える人々の動きだ。どの国家にも、既存の体制の転覆を考える人々が、ごく少数ではあるが、存在する。日本では、かつてならば新左翼系やアナキズム系の過激派に共感したであろう人々が、資本主義社会の問題を一挙に解決する処方箋としてイスラームに過剰な思いを持っている。そして、イスラム国やアルカーイダ系組織によるテロを、欧米の帝国主義政策に対する「正義の闘争」と誤認している。もっともイスラム国からすれば、日本のイスラム国支持者は、口先だけでジハードを支持するが、日本国内で決起しない中途半端な人々だ。日本人人質事件によって、イスラム国支持者に対する日本のマスメディア、世論の反応は当然厳しくなる。そうなると社会的に追い詰められたイスラム国支持者が暴発する可能性がある。そのような事件を引き起こすこともイスラム国の目的だ。今後は、イスラム国のような、暴力やテロによって自らの政治体制を他者に押しつける全体主義思想に対する有識者による思想戦と、このような過激派イデオロギーを信奉する人々の暴発を防ぐ警備公安専門家の知恵が重要になる。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)