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科学
【タイガ-生命の森へ-】川と森と空が出合う「終着駅」
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クラスヌィ・ヤール村の船着き場から眺める夏のビキン川=ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影) この「タイガ 生命の森へ」の連載も4年が過ぎ、いよいよ最終回となった。
ビキン川をたどる旅は心温まる懐かしさと先の読めない魅力に富んでいた。海を隔てた異国の森は、いつしか海でつながる隣国の森に思えてきて、北海道に戻るたびに、自然との関わりを改めて問いかけられるようだった。
今回、記憶に残るたくさんの写真から扉に選んだのは、クラスヌィ・ヤール村の船着き場の風景だ。宿泊先の村人の家から水たまりのあるデコボコ道を下ると、ビキン川がいつもたおやかに輝いていた。猟師の舟が流れを行き来し、広い空をちぎれ雲が気持ちよさそうに渡ってゆく。川辺の樹々は四季折々、力強く流れを見守っている。
ここはまさに川と森と空が出合う場所。この水辺が僕のタイガへの出発点であり終着駅だった。
頬をなでる柔らかな風の匂い。素手ですくって飲む水のおいしさ。しばらくたたずんでいると、必ず顔見知りの村人がやってくる。この何げない風景に何度背中を押され、癒やされたことだろう。
ウスリータイガはただ広く野生の宝庫であるばかりでない。そこに寄り添い、愛着を抱く村人がいることで、いっそう深みのある場所として、僕の胸に焼きついている。
≪未来へとつながる 自然に囲まれた暮らし≫
タイガで育ったシカやイノシシを捕え、川を泳ぐ魚を自分で釣り上げてさばく。森に咲く花からは蜂蜜が採れる。ここでは身の周りの風景もそこに暮らす生きものたちも、眺めて楽しむ以上に、人が生きるための支えになるものだ。
クラスヌィ・ヤール村では庭や道端に小さな井戸が掘られている。料理を作るにも、バーニャと呼ばれるサウナを準備するにも、鎖につけたバケツで一杯ずつ巻き上げる。ペチカやバーニャを暖める薪は、丸太をおので割って乾かしておかなければならない。
狩小屋での生活はさらにシンプルだ。猟師は小舟で川に網を仕掛け、猟場の高木に待ち場を設えて夜を明かす。獲物はむだなくさばいて、食べきれないものは傷ませぬよう燻煙する。冬は凍った川を道にして、雪の森に獲物を追う。手間と知恵と体力のいる作業がここにはたっぷりある。厳しい半面、タイガと直接向き合い、充足感のある日常だ。そうしてこの土地に寄り添う者に、タイガは恵みを与え続けてきた。
ウデヘの猟師たちはみなユーモアがあり、いい顔をしていた。川の漁にも森の猟にもたけた、いわば極東最強の現役狩人。誰ひとり欠けても困る、そんな確かな存在感があった。風土に磨かれたゆるぎない人間の魅力だと思った。
東京からわずか2時間の飛行。
そこに広がる北海道の原風景を思わせるタイガと素朴な暮らし。ビキンへの旅は、川の流れを遡(さかのぼ)るだけでなく、時間を遡るような旅だった。だが、日本との行き来を繰り返すうちに、僕は不思議な思いに駆られ始めた。原生の自然や昔ながらの暮らしへの“懐古”を通り越し、タイガをとり巻く世界こそが、どこか未来につながっているような感覚になってきたのだ。
Back to the future-未来への逆行。そんなイメージである。
連載中に起きた福島の原発事故を機に、その感覚はますます膨らんでいった。先端技術と膨大な資金を結集し、けれど放射性廃棄物の処理策のない原子力発電所。それが地震で崩壊し、後始末が終わらぬまま放射能汚染が続いている。
一方、タイガに囲まれた村の生活は規模も小さく、急に発展していくような将来像は見えないが、このタイガがタイガのままである限り、人は何とか生き抜いていける。そんなたくましさがあった。先進国といわれる日本の針路と、タイガに囲まれた小さな村の暮らしと、果たしてどちらがより未来に通じているのか-。
「土地はいくらでもある。何かあればいつでも引っ越してくればいい」。狩小屋のテレビで原発事故を見た猟師は言ったものだ。人は未来の世代に何を残すべきか。なんら変哲のない風景や暮らしにこそ、かけがえのないものが見えてきた旅だった。
お世話になったクラスヌィ・ヤール村の猟師たち、タイガフォーラムのスタッフ、そして家族に改めて感謝したい。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS)
=おわり