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【タイガ-生命の森へ-】轟音の疾走 そして静寂

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【タイガ-生命の森へ-】轟音の疾走 そして静寂

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チョウセンゴヨウの大木をすり抜けて森の奥へ向かう=2013年3月15日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)  クラスヌィ・ヤール村から冬のタイガへ向かう旅は刺激的だ。遠い狩小屋を目指す時はウデヘの猟師が操るブラン(ロシア製スノーモービル)に乗る。バランスをみて2人乗りするか、後ろにつないだ荷台に座るのだが、スピードを上げると猛烈な雪しぶきと寒風をまともに浴びて、文字通り顔が凍りつく。

 せっかちな猟師のアンドリューシャは、走り出したら止まらない。困ったことに大きなエンジン音のせいで荷台からでは運転手になかなか声が届かず、振動でお尻が裂けそうでも、寒さで脳天がしびれて気が遠くなっても耐えるしかない。こんな疾走はいつ以来だろう…。振り落とされぬよう必死にしがみついているうちに、いつしか雪に包まれた迷宮のような森に入り込んでいる。

 そうして突如ブランが止まり、エンジンが切られる。その後の静寂がたまらない。

 王者のようにそそり立つチョウセンゴヨウ。雪の中にたたずむ無数の樹々。タイガの懐は凛(りん)とした寒気と樹々の精気に満ち、ひどく心地がいい。

 ≪力強く個性豊か 樹々と村人が重なる≫

 森に囲まれた狩小屋に落ち着けば、そこからはスキーの出番だ。ブランの騒音が大きかった分、スキーで歩き出すと耳が息を吹き返したように鋭敏になる。

 木板から削り出し、裏に毛皮を張ったウデヘ伝統のスキー。靴は簡素なゴムや皮などのバンドで固定する。スキー場を滑るための道具ではなく、あくまで雪深い森を歩き、動物たちを追う狩猟用だ。だから騒音が少ないのだ。それでも一人で静かな雪の森を歩いていると、スキーが雪を踏む音や服のこすれるわずかな音が妙に大きく感じられ、自分がタイガに紛れ込んだ一頭のガサツな動物に思えてしまう。

 雪にはアカシカやイノシシ、クロテンなどさまざまな動物の足跡が残るが、陽が高いうちにその姿を見るのはまれだ。村の猟師は腕がたつので、不用意に出歩く動物は生き残れないのである。

 その代わりスキーでゆっくりタイガを徘徊(はいかい)すると、林立する樹々の姿を思う存分眺めることができる。夏には深い藪で入れなかった場所も、スキーがあれば自在に近寄れるのがいい。冬はこちらも寒い分、その一角にじっと根を下し、マイナス35度にもなる寒さに耐える樹々に、しみじみと心を寄せることができる気がする。

 幼木や伸び盛りの若木、頭上を覆う大木。雪の重みや風で横たわった倒木も数えきれない。

 「昔のウデヘは薪のために健康な木を切り倒すことはなかった。枯れたり、倒れた木を集めて火をたいたものだよ」

 村人が教えてくれたそんな言葉をふと思い出す。そして一面の雪の下には、春になれば芽を出す種子がじっと待機していることだろう。冬のタイガでは樹々が織りなす静かで力強い風景に出会う。

 僕は村の猟師とタイガに入るたび、ビキン川沿いの森に立つ樹々と村人の姿が重なってみえてきた。この土地で、タフに個性豊かに生きる存在感が、どこか似たもの同士に思えるのである。

 タイガをひとまわりして狩小屋に戻ると、アンドリューシャがブランをひっくり返し、キャタピラに付いた氷を斧(おの)でたたき割っていた。「何かいたか?」と聞くので、「たくさんの樹に会ってきた」と僕は答えた。(写真・文:写真家 伊藤健次/SANKEI EXPRESS

 ■いとう・けんじ 写真家。1968年生まれ。北海道在住。北の自然と土地の記憶をテーマに撮影を続ける。著書に「山わたる風」(柏艪舎)など。「アルペンガイド(1)北海道の山 大雪山・十勝連峰」(山と渓谷社)が好評発売中。

 ■ビキン川のタイガ ロシア沿海地方に広がる自然度の高い森。広葉樹と針葉樹がバランスよく混ざっており、絶滅に瀕したアムールトラをはじめ、多様な種類の野生動物が生息している。

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