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日本人の子供らバレエで「快進撃」 ロシア・モスクワ
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首都モスクワの日本人学校の地下ホールで子供たちを指導する千野真沙美さん(中央)=2015年2月13日、ロシア(黒川信雄撮影)
モスクワで、日本人学校の生徒らが通う小さなバレエ教室が静かな注目を集めつつある。父親の赴任のため訪露し、3年程度しか滞在しない生徒が大半にもかかわらず、今年に入り生徒たちはロシアの国立バレエ団の舞台に立った。原動力となっているのは、旧ソ連時代に海を渡った一人の日本人バレリーナだ。
「お客さんが1回来て変なものを見せられたら、それまでなのよ!」
厳しい声が響く。2月、真冬のモスクワの夜8時。屋外は雪に包まれていたが、日本人学校の地下にある小さなホールは、熱気と緊張に包まれていた。発表会を目前にして、本番用の衣装を身につけて踊っていたのは大半が小学生たちだ。
「遅くまで大変じゃない?」。記者の質問に、3年生の女の子が「頑張らないと、発表会が台無しになっちゃうから」と笑顔で答えた。厳しい指導を受けても、へこたれる子供はほとんどいない。「なぜバレエを始めたの?」と聞くと、「衣装がきれいだったから」「ボリショイ劇場で見て、好きになったから」「白鳥の湖を見たから」などと次々に答える。子供たちは、決してバレエを目的にロシアに留学したわけではないが、それほどバレエが身近になっているようだ。
「クーデターでゴルバチョフ(旧ソ連大統領、当時)が軟禁された時、テレビでは延々と『白鳥の湖』が流されました。それほど、ロシア人にバレエは身近な存在なのです」
「モスクワ日本人学校バレエスタジオ」を指導する千野真沙美さん(45)は、そんなエピソードを何げなく語ってくれた。
千野さんは東京都町田市出身。バレリーナだった母親の下、小学校時代からバレエを始めた。1985年に「ボリショイバレエ学校」に留学したのをきっかけに、90年に「モスクワ国立ロシアバレエ団」に入団。ソ連時代、外国人が現地に生活基盤を持ちバレエを続けることは困難を極めたが、続行。ソ連崩壊後もモスクワに残った。
モスクワ日本人学校での指導は、一時日本で学んでいた自身の子供が日本人学校に転入した際、「他のお母さんに頼まれた」ことがきっかけだった。千野さんが2009年に指導を始めた際、生徒は2年生と4年生のわずか2人。その後増えたが、バレエの経験を持つような子供は少なく、「音楽に合わせ飛ぶことや、背中を真っすぐにする」などの基礎の基礎からスタートした。
しかし懸命に学ぶ生徒の間からは、現地のバレエ学校の準備クラスに比肩できるような子供も出始めた。熱中し、「毎日おやつも食べずに柔軟体操をしたり、サンタクロースにレッスンバーを持って来てくれるよう願う子供もいた」という。そのような努力が少しずつ実を結び、今年1月にはスタジオの生徒たちが、ロシアの国立バレエ団の舞台に立つチャンスを得るに至った。
「衣装のこの部分は大きすぎませんか?」。参加者の金銭的な負担を減らすため、本番の舞台で使う衣装の多くは親の手作りだ。しかし問題があれば、千野さんから即座に指摘が入る。
「大変です」。母親の一人は率直に語った。しかし「一度舞台に出ただけで、子供が大きく変わりました。引っ込み思案だったのが、明らかに自信がついたのです」と、その成果に目を見張る。夜まで続く練習をじっと見つめつつ、裏方で動き続ける母親たちの姿は、まさに一つの“チーム”のようだった。
ただ、運営は容易ではない。生徒たちは親の帰任が決まればいや応なしに帰国する。生徒の顔ぶれは常に変化し、そのたびにゼロから教え直さなくてはいけない。利益が出るような運営もしていない。
「何のためにやってるの?」。そのような状況を知ったロシア人の専門家が、ある時こう聞くと、千野さんは「楽しいからやっています」と答えたという。ロシアでバレエを学ぶ意義について「ここは芸術の国。日本では見られないものがある。バレエだけでなく、美術館にも行って、“何が本当に美しいものなのか”を知ってほしい」と語る。
「なぜバレエをしているの?」との問いに、小さな女の子がこう答えていた。「ロシアに来たから」。そう、子供たちは分かっている。ロシアは芸術の国だということを。(モスクワ 黒川信雄、写真も/SANKEI EXPRESS)