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学生が前向きで革新的 新鮮だった 大学と共同制作の「正しく生きる」出演 岸部一徳さんインタビュー
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俳優の岸部一徳(いっとく)さん=2015年3月25日午後、東京都渋谷区(宮崎裕士撮影) 大学生がプロの映画人と共同で劇場用映画を制作する興味深い授業が京都造形芸術大学(京都市左京区)で行われている。撮影、編集、配給、宣伝までの流れを実地で学ばせるもので、3年の歳月を経て世に送り出した力作は群像劇「正しく生きる」(福岡芳穂監督)として、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開中だ。この大学で映画学科の教授を務め、大学生たちを指導してきた福岡監督の狙いは、「映画の完成は観客の手に作品が届いたとき」との意識を植え付けることにあったそうだ。
プロの映画人として大学側から出演オファーを受けたのがベテラン俳優、岸部一徳(いっとく、68)だ。「監督はプロの方ですが、映画に出る人もスタッフもほとんど学生さん。僕は一言で言えば『面白そうだな』と思い、やってみることにしました。映画の好みは人それぞれ。でも、僕は出来上がった作品を見て面白いと感じましたよ。粗削りな部分がある半面、学生たちが、世の中に対して、前向きで、ちょっと革新的で、普遍的となり得る考えをしっかりと作品に忍ばせている。最近あまり見ない映画ですよね」
本作の舞台は、とある大災害に見舞われた日本。放射性物質でオブジェを制作することで無差別テロを画策する芸術家の柳田(岸部)、幼い娘に暴力を振るう若い母親、何かと暴力に訴える漫才師志望の若者など、正しい生き方を見失ってしまった人物が次々とスクリーンに登場し、見る者に「生きるとは何か?」という問いを、真正面から突きつける。
撮影現場で顔を合わせた大学生たちの姿が新鮮に映った。ピリピリと緊張感を漂わせながらも、伸び伸びと自由に考えながら飛び回っていたのだ。「僕の衣装を選んでくれた大学生たちがそうでしたね。『演技は初めて』という大学生の俳優もいましたが、福岡監督は決して『こういうふうにした方がいいよ』とは言いません。彼らに思うところをすべて作品に盛り込んでもらうのが狙いですから。だから僕も彼らにはアドバイスをしません。逆に質問もなかったですよ。自分の役について『どうすべきか』とか、プロ俳優との撮影ではやりとりがあるんですがね。彼らは思い切りやっていましたよ」
岸部は彼らに20歳の頃の自分を見たような気がした。その頃の岸部といえば、音楽の道を志し、生まれ育った古都・京都がどこか窮屈な存在にも思えて、大阪や東京へ出ていくことばかり考えていた。視線のはるか向こうにはあこがれの「ザ・ビートルズ」がいて、彼らを生んだリバプールに世界中の道が音楽を通してつながっているような高揚感すら覚えていた。だが、京都はそんな岸部に対して思いのほか、温かかった。「その頃はエレキギターを持つことなんて『不良』というのが大人の考え方だったし、男が髪の毛を伸ばすことも『不良』とされていました。でも、京都の奥深さというのでしょうか、僕ら“子供”に対して京都は『頑張れよ』と温かく見守ってくれる気風も持ち合わせていたんです。そんなことを思い出したら、京都生まれの僕も、何かを創り出そうと必死に頑張っている京都造形芸術大学の学生たちを応援しようという気持ちになりました」
人気グループサウンズ「ザ・タイガース」としての活動を経て、役者としても成功を収めた岸部が、表現者として大切にしている心構えに「日常のさまざまなことに何か興味を持つこと」というのがある。「もちろん大事なことは山ほどあるでしょう。仕事をしないと生きていけないという事情だってあるかもしれません。でも、あくまで僕個人の考えですが、世の中に関心を持って注意深く見ることは、人を見る目を養うことにつながっていく。役者である前の心の準備として必要な気がするんです」
この先、映画監督、俳優、脚本家…とさまざまな道へ歩み出すであろう京都造形芸術大の大学生たちに、岸部が真っ先に送りたかったアドバイスだったようだ。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:宮崎裕士/SANKEI EXPRESS)