SankeiBiz for mobile

試合前の不安 周りに甘えて解消 萩原智子

 「もうすぐ日本選手権。調子が上がらず、焦っています。本当に泳げるのか、結果が出せるのか、不安で不安で」。先日、ある選手から突然メールがあった。心配になり電話をかけてみると、泳ぎの感覚が悪く、落ち込んでいるという。話を聞いていると、とうとう泣き出してしまった。

 7日から、東京辰巳国際水泳場で6日間にわたって開催される競泳の日本選手権。この大会は今夏、ロシアで行われる世界選手権の代表選考も兼ねており、2016年リオデジャネイロ五輪にもつながる重要な大会である。日に日にのしかかってくる重圧に耐える日々。私は自分自身の現役時代をふと思い出した。

 私も試合前はナーバスになり、緊張と不安でいっぱいだった。なぜ試合前に不安になってしまうのか。試合前は誰でもどんな選手でも緊張し、少なからず不安を心に抱えている。そのまま考えすぎると、緊張が極限にまで達して眠れなくなったり、食事が喉を通らない状態になったりすることもある。もちろん私も一睡もできないまま太陽が昇ってきたことがあるし、食事が全く食べられない極限の緊張感を味わったこともある。それは知らないうちに自分自身に期待をし、プレッシャーをかけてしまっていたからなのかもしれない。

 マイナス思考になってしまう

 昔、ある指導者に「120%を出そうとするな。今、智子にできる100%を出し切る努力をすればいい。120%出そうと考えるから余計な力が入るんだ」と言われたことがある。まさにその通り。タイムを出さなければいけない、勝たなければいけない、いい結果を残さなければいけない…。そんな自分を追い込む気持ちから始まり、気が付くと結果が出なかったらどうしようとマイナス思考になってしまうことも。マイナスな気持ちばかりが先行してしまい、一番大切な「自分がどうしたいのか」を忘れていた。そう、自分で自分の首を絞めていたのだ。

 選手は、その競技が大好きだからこそ限界まで自分を追い込み、一生懸命になれる。そして試合前に感じることのできる緊張感は今、競技に真剣に取り組んでいるからこそ味わえるもの。競技を終えた私には、もうその緊張感を味わうことができない。その緊張感を感じることができるのは、今しかできないこと。一生懸命に取り組んでいるからこそ感じることができるのであり、それは選手として最高に幸せなことでもある。

 スタート前に力になるのは、それまで一生懸命に積み上げてきたトレーニングだ。どれだけ自分に自信になる練習ができたか。練習でできないことは、レースでは絶対にできない。いくらレース当日に気合を入れても、それまで培ってきたものがなければ、空振りに終わってしまう。普段の練習からコツコツと積み上げていくことによって、スタート台に自信を持って立つことができる。これは当たり前のことだ。

 しかし、どんなにいいトレーニングができても、不安になることは多い。レース前に不安が消えないのであれば、信頼できる人に不安だと素直に愚痴をこぼせばいい。怖ければ涙を流せばいい。アスリートだって、人間なのだから。

 弱い自分も認める

 アスリートだから弱みを見せるなという人もいる。ましてやレース前に弱みを見せれば、負けたのも同然だといわれた経験が私にはある。しかし極限の状態で心にたまった不安を払拭することは、そう簡単なことではない。一人で考え込むより周囲へ相談し、心の重みを取り除けばいい。自分の中にため込まず、周りの人に話を聞いてもらうだけで不思議と心がスーッと軽くなる。

 電話の向こう側で泣いていた選手は、「全部さらけ出したら気持ちが楽になり、落ち着きました」。最後は笑い声まで聞くことができた。涙と一緒に不安を流すことができたように感じた。自分自身と向き合い、強い自分も、弱い自分も認めることが大切だ。つらい時は、心に蓋をするのではなく、素直に周りに甘えていい。一人じゃないのだから。(日本水連理事、キャスター 萩原智子/SANKEI EXPRESS

 ■はぎわら・ともこ 1980年4月13日、山梨県生まれ。身長178センチの大型スイマーとして、2000年シドニー五輪女子200メートル背泳ぎ4位、女子200メートル個人メドレーで8位入賞。02年の日本選手権で史上初の4冠達成。04年にいったん現役引退し、09年に復帰。子宮内膜症、卵巣嚢腫(のうしゅ)の手術を乗り越え、現在は講演・水泳教室やキャスターなどの仕事をこなす。

ランキング