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英語で絵本を読む 伝わる感動 乾ルカ
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近所のエゾヤマザクラ。札幌ではこんな感じの開花状況です。エゾヤマザクラは花と葉が同時に出てきます=2015年4月27日、北海道札幌市(乾ルカさん撮影)
昔、母、姉と私の3人で、ニューヨーク旅行に出かけたことがあります。どのくらい昔かというと、ちょうどシドニーオリンピックが開催されていた時期です。どうして3人でニューヨークへ、という話になったのかは、はっきりと覚えていません。母か姉のどちらかが行きたがり、私は特に何のビジョンもなくそれに乗っかってみた、という感じでしょうか。
当時母は英会話のカルチャースクールに通っており、姉は大学時代英米文学を専攻していました。ですので2人は、現地の人との意思疎通に、あまり不自由していない印象でした。でも私は英語についてははなから諦め、勉強をしなかった人間。おのずと無口な日々となりました。私が4泊6日の旅行中に口にした英語といえば、「はろー」「ぐんもーにん」「せんきゅー」「じゃぱにーず」「トイレどこですか(英語で)」税関で「サイトシーイング」くらいでしょうか。
しかもすべて「通じるだろうか?」とびくびくし、相手の顔色をうかがいながらの発声。怪しさ満点です。ヒアリングも駄目。バスの中などで聞こえてくる英語は、当たり前ですが一つも理解できません。流暢(りゅうちょう)な英会話の後に笑い声がすると、笑われているのは自分に違いないという被害妄想も膨らみます。
周りの人の言葉がわからない、自分も話せないというのは、思いの外ストレスがたまるものだと、そのとき初めて痛感しました。
でもそこで「帰国後、英語の勉強を始めました!」という話になれば、それなりに格好がついたのでしょうが、そうはならなかったのはひとえに私がものぐさなせい。帰国して日本語に囲まれる生活にすっかり安心し、今思い出すのはストレスよりも、「あそこで食べたパスタ」「あそこで食べたシーフード」「あそこで食べたホットドッグ」等々、当たり障りのないことばかりです。
最近家の整理をしていて、『The Giving Tree』(Shel SilverStein著、HarperCollins刊)という絵本を見つけました。母が購入したものでした。和訳版も出版されていると思いますが、家にあったのは英語版でした。
ALL AGESとなっているので、アルファベットを覚えたてのお子さまでもOKの絵本です。もっと言うならば、私でも一度辞書を引いただけで、ぎりぎりOKでした。ということは、義務教育を終えた方なら、問題なくOKと思われます。
難しい単語は使われていません。文章も長くはないです。絵本なので、絵が補完してくれる部分もあります。「私でも読める」といううれしさと自尊心の満足を感じつつ、読了しました。
『The Giving Tree』は、1本のリンゴの木と、1人の少年の物語です。リンゴの木は少年が大好き。少年もリンゴの木が大好き。少年は毎日リンゴの木のところへ遊びに行きます。葉を集めて王冠を作り、木登りをして枝でゆらゆらしたり、リンゴの実を食べたり。のどかで無邪気な木と少年の日々が、序盤は描かれます。
しかし、少年は成長するとともに葉っぱや枝でのブランコでは満足できなくなってきます。成長した少年は昔と同じ遊びに誘う木に、「自分はもっと楽しめるものを買うためのお金がほしい」と訴えます。そんな少年に木は、「私はお金を持っていないから、リンゴを採って売りなさい。そうしたらあなたはお金がもらえるからハッピーになるでしょう」と応じるのです。少年はリンゴの実をかき集め、売るために持っていってしまいます。
木を訪れる少年はどんどん歳を取っていきます。そして木に望むものを話します。大人になった彼の望みどおりのものを、木は持っていません。けれども木は与え続けます。望みどおりのものでなくとも、それに変えられるような自分自身の一部をあげるのです。少年はもらうだけもらい、感謝の言葉も口にせず去っていきます。
少年がそうするごとに、このような文章がでてきます。
『And the tree was happy.』
そして最後、もうあげられるものがなに一つ無くなった木は、老いた少年の望みをどうやってかなえるのか。最後に木が与えるものはなにか。木はなにを思うのか…。
この絵本で描かれているのは、見返りを求めない無償の愛です。絵は素朴で色も付いていません。けれどもThe Endの見開きページのなんと美しく崇高なことか。ALL AGESは本当にそのままです。言葉を覚えたばかりの子供でも、もう私のようないい歳の人間でも、素直に魂を揺さぶられます。木は読者にも感動という情感を与えるのです。
難しい言葉を使わなくても、人の心は動かせることを、改めて思い知らされる作品です。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS)