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人の数だけ世界がある 乾ルカ

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人の数だけ世界がある 乾ルカ

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札幌は吹雪。いつもベランダから見える高層マンションも今日は雪に隠れています=北海道・札幌市(乾ルカさん撮影)  【本の話をしよう】

 私の母はよく歌う人です。高校は合唱部でしたし、孫のいる年になっても、童謡を歌うサークルに入っていました。家庭内でも機嫌のいいときはなにかを口ずさんでいることが多いです。

 しかし、そんな母の辛いところは、音痴であるという一点。母が歌う歌は、私が知っているはずのものとは異なるなにかになります。わざと調子を外しているのかと疑ってしまうほどです。なのに、「その音違うよ」と指摘しても、小首をかしげる始末なのです。

 あまりに私の知っている旋律と外れて歌うので、本当にそう聞こえているのかと、真剣に訊いてみたことがあります。母はどこが変なのだと言わんばかりの堂々たる態度で、「聞こえているとおりに歌っているつもりだ」と答えました。

 母が真面目に歌っていたという事実は、私にとって結構な衝撃でした。私の世界の音と、母の世界の音は違うのか。いや、私と母だけではなく、人はそれぞれ違うのかも。だとしたら、私以外の人にとってこの世界はどんなふうに見えて、色が見えて、匂いがして、音が聞こえているのか。

 同じ空間に存在しているはずなのに、受け取る感覚が違えば、世界自体もまるで違うはず。

 はからずも母の音痴は私に「人の数だけ世界がある」という概念を教えることとなったのです。

 美しく完成された不可思議

 昨年、私の読書生活において素晴らしい出合いとなった一冊に、『タラチネ・ドリーム・マイン』(雪舟えま著)があります。12篇の作品が収められたこの短編集を私に紹介してくれたのは、出身高校の図書局の皆さんでした。

 この作品の大きな魅力であり、揺るがしがたい特色を、思いきって一言で言い表すならば、不可思議で独特な世界、でしょうか。

 最初の短編「モンツンラとクロージョライ」からして、薄青い炎にしらしらと覆われている少女がいきなり登場します。他の作品にも、火星の地面に石で絵を描く女性、雨と同化する能力を持った女探偵、若返りの秘薬を使いつつ、宇宙船で暮らす女と、彼女の妹が出てくるのです。

 さらには、なぜ炎をまとっているのか、なぜ火星に住んでいるのか、なぜ雨と一体になれるのか、そういった設定の説明は一切排除されています。彼らや彼らの世界における決まりごと、背景、ことわりは提示されないまま、物語は進行していきます。読者は作品の世界観を、ただそういうものなのだと受け止めるしかありません。

 不親切と思われるでしょうか。しかし、実際に読んでみると「なぜ?」の感情は早々に消えうせてしまいます。理屈なんてどうでもよくなるほど、作品世界は魅力的です。文章は単語の一つ一つまで吟味されて詩的な印象を生み出し、読むものを手招きします。もしも読者へ世界観の理解を求めるための説明がなされていたとしたら、逆に興をそいだでしょう。それほどに不可思議は不可思議のまま、美しく完成されているのです。

 人間の観点と神の視点

 この作品を夢中になって読み終えたあと、私はこの作品世界を作り上げた著者のことを考えずにはいられませんでした。現実感が希薄でありながら、そうめんなどの昼ごはんが出てくる描写など、どこかリアルの匂いもする。著者はもしかしたらこの不思議さに満ちた世界に、本当に身を置いているのではないか。そう思っていたら、実際著者は占い師の顔もお持ちと知り、腑に落ちました。

 人の数だけ世界がある。私には見えないものを見て、聞こえない音を聞いている人が存在する。

 日常ふと忘れがちなそんなことわりを、著者は改めて思い出させてくれた一方、こんな印象深い一節もあります。

 「だれかの幸せとわたしの幸せの、どこに違いがあるというのだろう。」

 この一節が持つひろがりは、もはや個のものではありません。宇宙的で、神の目線とも言えるでしょう。この作品の素晴らしい点はここにもあります。個々での世界は異なると知らしめながら、その認識を超えた次元では、われわれはつながり、一つであると訴えているのです。両者は矛盾するようで、矛盾しません。個の世界は違うとするのは人間の観点で、われわれは突き詰めれば一つなのだと見るのは、個をはるか超えた高みから俯瞰(ふかん)する、いわば神の視点だからです。

 さりげなく出てくるのですが、はっとさせられたあと、その意味深さに圧倒される一文です。

 雪舟えまさんの作品世界にもっと触れたい方は、近刊『プラトニック・プラネッツ』(KADOKAWA/メディアファクトリー)もぜひお勧めです。

 あなたの幸せは皆の幸せ

 さて2015年がスタートしました。今年はどんな年になるのでしょうか。願わくば、ここまで読んでくださったあなたにとって幸福な1年となりますように。なぜならあなたの幸せは、私を含む皆の幸せと変わりないのですから。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『モノクローム』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「タラチネ・ドリーム・マイン」(雪舟えま著/パルコ、2376円)

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