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今なお現実逃避の手段として 乾ルカ

 小、中学生のころの私にとって、本を読むのはどういうことだったかというと、ものすごく乱暴に表現してしまうならば『現実逃避』だったと思います。

 小学校の入学式のとき、式場となった体育館の天井を仰いで「これからここに6年も通うのか」と絶望したことを、よく覚えています。友達100人できるかな、などという明るく楽天的な考えはちらとも頭をよぎりませんでした。6年という重さに押しつぶされていたのです。

 なぜなら入学式当時、早生まれの私は6歳になったばかり。自分でも記憶にない赤ちゃんの時分から今に至るまでの年月とほぼ同じだけ、これからここで過ごすのだと思ったら、先が見えなさすぎて、入学おめでとうと校長先生に言われたところでなにがそんなにめでたいのかもさっぱりわからず、ひたすら暗い気分でいました。

 なにより嫌だったのが給食でした。体育や音楽が嫌なら、授業のある曜日だけ憂鬱になればいいのですが、給食タイムは月曜から金曜まで律義に決められた時間にやってきます。

 当時は食育という概念が乏しく、食材には不自由しないものの、戦争中に食べ物で苦労した経験を持つ人たちも多くいらして、給食を残すことはまごうかたなき悪であるという風潮でした。全部食べるまで食器を下げることまかりならん、と目を光らせる担任の先生はとても怖いものでした。怖ければ食欲はうせます。食べられない食材もあるし、体が小さいので、そもそも配膳される量も多い。私は昼休みまで給食居残り組でした。なんだかいつも涙目になっていたように思います。

 ですので給食時間を思うと、もういっそ学校休みたいと思うほど、激しくブルーになっていました(実際仮病で休んだこと数知れず)。

 その陰鬱な気分をいっとき忘れさせてくれるもの、それが本でした。授業と授業の合間には本を読んでいました。給食が配膳され始めると、食べ物の匂いをかがないように本を開いて鼻に押しつけ、紙の匂いをかいでいました。図書室や学級文庫にあった本やマンガには、実に助けられました。

 描けない、マンガは別

 今、幸か不幸か本に関わる仕事の末端におりますので、基本的に読書は、当時のような現実逃避としては、なかなか成立しなくなってしまいました。

 でもマンガは別です。私はマンガを描けませんし、マンガ原作の依頼もありませんから、現実逃避の手段として、まだ成立するのです。

 数年前からいつも手元に置いて、ことあるごとに読み返すのは『ギャグマンガ日和』(増田こうすけ著)。この作品は過去に別の媒体でも取り上げたことがあるのですが、本当にお気に入りなので、ここでも紹介させてください。

 タイトルどおり、作品はギャグマンガです。とはいえ内容はシュール、不条理、ナンセンス、ブラック風味と多岐にわたっています。1話10ページ前後から、中には1ページで終わるものもあります。また、同じキャラクターが出てくるシリーズ化されている作品もあれば、一話限りの単発作品もあり、それらがとても良いバランスなので、全体的な構成も飽きさせません。

 多岐にわたるテイストゆえ、大変面白く感じる作品と、そこまではいかないものに分かれてしまうことはあります。けれども、初読のときに笑いのツボにはまらなかった作品が、再読時にしっくりきて、お気に入りの一作になることもあり、油断なりません。

 普通ギャグマンガは一読しオチがわかればそれまでなのですが、この『ギャグマンガ日和』に関しては違います。涙を浮かべて爆笑という極端な反応は無くなりますが、それでもにやりとしたり、ふっと軽く笑わせてくれます。やっぱり面白いなあと、何度でも思える。それはやはり、オチはもちろんなのですが、話の設定、オチに至るまでの展開や、キャラクターがしゃべるせりふの巧みさ、言い回しの妙があるからでしょう。

 たとえば最近のお気に入りですと13巻収録の第247幕「メガライダー」という作品。この作品は7ページありますが、吹き出しのせりふはすべて売れないアイドル、牛山サキというレギュラーキャラクターのもの。一人でずっとしゃべっていて掛け合いがないのに、設定と展開に加えてせりふそのものが増田節とでも言いましょうか、表現も口調もなにもかも巧妙であるため、何の違和感も抱かせずに読ませ、さらに笑いを誘うのです。

 「読む精神安定剤」

 私はいまだにネガティブ思考な上に、変に自意識過剰なところがあるので、誰かと会う予定があるときは大変緊張します。あるいは自分の仕事で気を張りすぎることもあります。そんなとき、この『ギャグマンガ日和』を読むと、肩の力が抜けてリラックスできます。私にとってキツい現実からちょっと逃避できる、読む精神安定剤的な作品です。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『森に願いを』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「ギャグマンガ日和」(増田こうすけ著/集英社、ジャンプコミックス、400円+税)

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