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社会
シャーロット、近江県…名前めぐり騒動 渡辺武達
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高崎山自然動物園の赤ちゃんザル「シャーロット」を写真に収めようとする来園者=2015年5月8日、大分県大分市(共同)
大分市の高崎山自然動物園が、今年最初に生まれたサルの赤ちゃん(雌)の名前について恒例に従って公募し、最も多かった誕生したばかりの英国王女と同じ「シャーロット」を採用したところ、動物園に抗議が殺到する事態となった。あわてた動物園側は在日英国大使館にお伺いをたて、「お誕生おめでとう、しかし命名には関知しない」などとする返事があり、変更せず、「シャーロット」と名付けることを正式に決定した。
この「シャーロット事件」の背景には、応募が最も多かったのは、日本のテレビや新聞が王女の名前について予想も含めて盛んに報じたというメディアの影響についての問題と、「動物の名前に皇族の名前を借用するのはけしからん!」という日本人の皇族観がある。
今回はこうした固有名詞問題についてメディア社会論の立場から考えてみたい。
動物に人間のように名前をつけることによって、日本のサル学は世界最高水準に発展した。欧米の研究者たちはアフリカの原生林のゴリラやチンパンジーに番号をつけて識別するのが普通だが、日本人は研究対象動物に「タロー」や「ハナコ」と名づけ、気持ちの上でも親密な関係を結び、緻密な研究成果をあげてきた。
京都と滋賀の県境にある比叡山系には動物の血統において世界的にも貴重な日本ザルが生息しており、かつてこの集団にピーナツなどのエサを持って毎日、「会い」に行った動物学者、間(はさま)直之助さん(故人)がいる。筆者はその間さんに同行し、何回もサルに「あいさつ」にいった。間さんは「私はサルと話せる」と話していたが、それは音声学的な言語ではなく、体全体の動きによって話しかけるもので、たしかに間さんにサルたちは「笑み」を返し、コミュニケーションが成立していた。
その滋賀県で、県名をめぐる問題が持ち上がった。今年2月の定例県議会の一般質問で、「滋賀」の知名度が低いなどの理由から、「近江県」や「琵琶湖県」に変えてはどうかという提案がなされ、三日月大造(みかづき・たいぞう)知事は重要な問題なので今後さらに議論を深めていこうと答えた。
筆者も県庁所在地の大津市に住んでいるが、出張先で居住地を聞かれたとき、滋賀県と答えるより、「琵琶湖の近く」と言った方が相手の理解が早いのは確かだ。
人間は自ら体験したこと以外は、教育やメディアから知るしかないから、知名度が低いということは、話題に値する価値を創出する努力が足りないということでもある。話題作りのために、広告代理店が介在するというのはよくあることで、選挙でも「選挙プランナー」という職種があるほどだ。
また滋賀県の名称変更については、過去にも同じような趣旨の質問があり、商工、観光関連の会議でもしばしば話題になっている。だが、それは香川県が「うどん県」という名前を広めようとしているように、愛称として対応すればよい問題だ。サルの「シャーロット」も愛称にすぎない。
県の名称を法的に正式に変更するには、国会での特別法の制定が必要だ。それだけのことをする理由が、滋賀県の場合、見当たらない。
固有名詞を変更すべき場合もある。最近の例では愛知県北名古屋市の地名「土部」の読み方が、「どぶ」から「つちべ」に変更された例がある。「どぶ」がドブ川などの悪いイメージと結びつき、いじめなどの原因になっていたからだ。漢字は同じで、読み方の変更だけなので、法的な措置は、市議会の承認だけで済んだ。
また、茶道家元、千家では、新しい家元が誕生すると、その兄弟は名字を「千」から他のものに変更するが、その際、裁判所に願い出て、「やむなし」という認可をもらう。日本の文化と伝統を守るため、「千」を名乗れる人は一人でよいという粋な計らいである。(同志社大学名誉教授 メディア・情報学者 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)