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北国防相銃殺か、粛清の嵐やまず 韓国機関報告「居眠り?…正恩氏に不敬」
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2月16日、故金正日総書記の生誕記念日「光明星節」に平壌・錦繍山太陽宮殿を参拝する金正恩第1書記(手前左)と玄永哲人民武力部長(手前右)=2015年、北朝鮮・首都平壌市(聯合=共同) 韓国の情報機関、国家情報院は13日、北朝鮮の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防相)が4月30日ごろに反逆罪に問われ粛清されたと報告した。銃殺されたとの情報があるという。非公開の国会情報委員会で明らかにした。
玄氏は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の側近で軍総参謀長も務めるなど軍要職を歴任した実力者。金第1書記の視察にもたびたび同行していた。北朝鮮では高官を見せしめに粛清する「恐怖政治」が行われているとの見方があり、権力基盤の不安定さを指摘する声も出ている。
報告などによると、玄氏は4月24、25日の軍幹部大会で居眠り。金第1書記の指示に従わなかったり、言い返したりしたこともあったとして「不敬」と見なされ、反逆罪に問われた。平壌にある軍の学校の射撃場で、高射機関銃により公開処刑されたという。
一方、粛清された人物の姿は通常、北朝鮮の公式的な映像から削除されるが、5月に入り朝鮮中央テレビが放映した金第1書記の記録映画に玄氏が映っているという。また粛清に関する公式発表もなく、国情院が情報の分析を進めている。
玄氏は4月27、28両日、軍の「訓練指導官大会」参加者による公演観覧に出席した後、30日に行われた参加者と金第1書記との記念撮影には姿を見せなかった。
玄氏は4月13~20日にロシアを訪問。北朝鮮はその後、ロシアに招待されていたモスクワでの5月9日の対ドイツ戦勝70周年記念式典に金第1書記が出席できないと通知した。国情院は玄氏がロシアから帰国して間もなく粛清されたとしていることから、第1書記の訪露準備での不手際を問われたとの見方も出ている。
国情院はまた、金第1書記の側近グループの中で、昨秋以降に更迭が伝えられていた国防委員会の馬園春設計局長と朝鮮人民軍総参謀部の辺仁善作戦局長に加え、朝鮮労働党の韓光相部長も粛清または処分されたと報告した。(共同/SANKEI EXPRESS)
≪違反の芽摘み、世代交代狙う≫
北朝鮮でまた高官が「粛清」された。金正恩第1書記は本格的な指導体制に入った2012年以降、叔父で事実上のナンバー2とされた張成沢・元国防副委員長の処刑を筆頭に、故金正日総書記を支えた世代を含む多数の幹部らを粛清。権力基盤の強化とともに、世代交代を加速させているようにも見える。
金正恩氏は12年4月に第1書記に就任。7月に最側近だった李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長が解任され、13年12月には張氏が派閥形成や不正・腐敗を理由に処刑された。現体制はその後も張氏に近い人脈を次々に粛清し、造反の芽を摘んできた。
韓国の情報機関、国家情報院は、金第1書記の体制下での幹部の処刑者数は12年3人、13年三十数人、14年31人、今年も現段階で既に8人で、計約70人に上るとの見方を示す。「見せしめ」的な処刑も多いという。
14年10月には韓国ドラマを試聴したなどとして地方幹部ら十数人が処刑されたほか、今年は山林緑化事業に不満を漏らした林業省幹部、建物の設計に異議を唱えた高官が処刑されたとされる。
今回の玄永哲人民武力部長の粛清理由の一つとされる「居眠り」についても、国情院は「金正恩氏が敏感に反応するようだ」と指摘。これまでにも複数の軍関係者が居眠りで降格されたとみている。
北朝鮮は金氏一家を唯一絶対の指導者とする「唯一指導体系」の確立により体制安定を図ってきた。指導者の指示に背くことは重罪と見なされ、重く処罰することで周囲の忠誠心を引き出す手法を取っているとされる。
唯一指導体系を確立する目的で定められた朝鮮労働党の「十大原則」は、憲法よりも重視される。十大原則は「偉大なる金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を絶対化し、決死擁護しなければならない」などと規定。国情院は、玄氏がこの原則に違反し粛清されたとしている。
こうした幹部らの粛清は、金第1書記が直接指示しているとの見方がある一方、朝鮮労働党の人事を担う組織指導部や治安機関の国家安全保衛部が主導しているとの説もあり、決定過程の実態は不明だ。北京の消息筋は、玄氏を快く思わない勢力が「居眠り」などにかこつけて粛清されるよう仕向けた可能性を指摘する。
国情院関係者は「金第1書記が幹部に対する不信感を強め、恐怖政治を進めている」とも指摘。ただ相次ぐ粛清による「恐怖政治」が引き起こす不満や反発が政治勢力化する可能性については否定的だ。(共同/SANKEI EXPRESS)