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【アメリカを読む】ジェブ・ブッシュ氏の「失言」
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5月14日、米西部アリゾナ州テンピで行われた政治集会で、イラク戦争の開戦判断に明確な否定的見解を表明し、報道陣に取り囲まれるジェブ・ブッシュ氏(中央)=2015年(ロイター) 9年近くにわたって続き、約4500人の米兵が命をささげたイラク戦争は、米社会に深い傷を残した。2016年大統領選でも共和党のジョージ・W・ブッシュ前大統領(68)による03年3月の開戦判断の是非が争点として浮上している。
きっかけは、前大統領の弟で、共和党の大統領選候補指名争いで最有力と目されているジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事(62)が、5月11日放映のFOXニュースのインタビューで口にした「失言」だ。
この後、ブッシュ氏はインタビューで、イラクに大量破壊兵器が存在するとの間違った情報をもとにした開戦の判断を「誤り」だったと認めている。文脈からすると、キャスターが発した質問の前段を、聞き漏らした可能性が高い。
しかし、その後、14日に「現在、判明していることを知っていたらどうしたか。私なら侵攻しなかっただろう」と明確に否定するまで、発言を弁解する様子が繰り返し米ニュースメディアで取り上げられた。
ブッシュ氏のライバルたちは、「失言」に飛びついた。ランド・ポール上院議員(52)は政治専門紙ポリティコのインタビューで、ブッシュ氏の発言を「信じられないヘマ」であるとし、こう指摘した。
「米国民は今、イラク戦争が間違いだったと思っている」
ポール氏は、保守系草の根運動「ティーパーティー(茶会)」の支持を受けており、他国への軍事介入に慎重なリバタリアン(自由至上主義者)の思想傾向を持つ。
出馬を表明した、やはり茶会系のテッド・クルーズ上院議員(44)や、立候補を検討中の穏健派、クリス・クリスティー・ニュージャージー州知事(52)も、大量破壊兵器が存在しなかったという現在の情報をもとに「私なら開戦しなかった」と口をそろえた。
共和党が上下両院を制した昨年11月の中間選挙では、イラクやシリアでのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の増長が争点の一つとなった。共和党は、イラクからの米軍の完全撤退を決断したバラク・オバマ大統領(53)の弱腰姿勢を追及し、民主党候補と結びつける戦略をとった。
11年末の米軍撤退後の力の空白を埋めるように勢力を増したイスラム国が米国人を続けて斬首殺害した衝撃は強く、共和党の戦略は当たり、イラク戦争の「開戦」ではなく、「終戦」の判断に注目が集まった。ブッシュ氏は今回の「失言」によって、開戦責任に焦点を当ててしまったことになる。
ブッシュ氏はこれまで、兄の実績に敬意を払いつつも、「私は私だ」と強調し、一定の距離を置いていた。間違った情報をもとに始められたイラク戦争を「間違い」だと断言していた。
ただ、今回の騒動は、前政権でイラク戦争の立案に当たったポール・ウォルフォウィッツ元国防副長官(71)=元世銀総裁=がブッシュ氏の外交・安全保障チームにいることを浮かび上がらせた。弁解を繰り返したことでブッシュ氏が独自の政策を練り切れていないとの印象を持たれ、最高司令官になる資質に疑問符が付いたことは「失言」そのものよりも重大だ。
ブッシュ氏が共和党の予備選・党員集会を制した場合に対峙(たいじ)すると目される民主党のクリントン氏(67)は、今のところ「失言」に反応を示していない。上院議員としてイラク開戦に賛成した過去の「傷」が、08年大統領選でオバマ氏との指名争いで敗れる一因となったのだから当然かもしれない。
ただ、クリントン氏は回顧録で国務長官としてシリアの穏健な反体制派への軍事支援を模索したことなどを強調し、国際紛争に関するオバマ氏の弱腰姿勢とは一線を引くというしたたかさを見せている。
米世論調査会社ギャラップの最近の調査では、大統領選で外交を重視するとした支持層は共和党77%に対し、民主党58%。テロ対策を重視するとしたのは共和党81%、民主党71%。共和党支持層の方が外交や安全保障により敏感といえる。ブッシュ氏がこうした問題で今後も対応を誤れば、手痛い打撃となる可能性がある。(ワシントン支局 加納宏幸(かのう・ひろゆき)/SANKEI EXPRESS)