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【世界自転車レース紀行】(27)トルコ 名所駆け抜け 贅沢なコース設定

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【世界自転車レース紀行】(27)トルコ 名所駆け抜け 贅沢なコース設定

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大会最終日、イスタンブールの旧市街からガラタ橋を駆け抜ける。背後には荘厳なモスクが立ち並ぶ=2015年5月3日、トルコ・イスタンブール(田中苑子さん撮影)  4月26日から5月3日まで、8日間開催された「第51回プレジデンシャル・ツアー・オブ・ターキー」。「トルコ1周レース」とも呼ばれるこのレースは、多くのバカンス客が訪れる地中海沿いのビーチリゾート、アランヤからスタート。トルコ南西部を駆け抜け、豪華客船が立ち寄る港街イズミルからは、大会スポンサーのトルコ航空の飛行機で、トルコ最大の都市、イスタンブールへと移動。そして大会最終日はイスタンブールの旧市街を使った周回レースでフィナーレを迎えた。

 途中、一行は石灰棚が連なるパムッカレやセルチュクの遺跡群などトルコ各地の観光地を巡り、イスタンブールではトルコ最大の観光名所である旧市街のスルタンアフメトモスク(ブルーモスク)やアヤソフィアの前からスタートし、2階建ての美しいガラタ橋や、ヨーロッパ大陸とアジア大陸を結ぶ第一ボスポラス大橋を通り抜ける贅沢(ぜいたく)なコース設定だった。

 そしてこの大会では、多くのトップチームが好条件で招待され、また世界各国のメディアも招待される。自転車レースの中でも世界屈指といえるほどの大きな予算が動くのは、大統領の名前を冠した大会であり、国を挙げての一大イベントだからでもある。

 ちなみに、最終日にはレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が駆けつけた。今年1月には旧市街で自爆テロが起こったこともあり、厳重な警備体制のもとで開催された。大統領が笑顔でプレゼンターを務める表彰台の上では、銃を構えた警備員が目を光らせるものものしい雰囲気だったが、大きな混乱もなく、無事に大会の全行程が終了した。

 ≪期待の若手日本勢 手応えと課題と≫

 第3ステージと第6ステージの期間中2回設定された山頂でのゴールでレースは動いた。

 第3ステージは大会唯一の本格的な山岳ステージだ。雪を被った山々に囲まれた牧歌的な風景の中、地元の人たちが畑作業の手を止めて声援を送り、ゴール地点には、老若男女問わずたくさんの人が、麓の街からバスで観戦に詰めかけていた。

 そして43歳のダビデ・レベッリン(イタリア、CCC・スプランディポルコウィチェ)が優勝すると、総合成績で2位のクリスチャン・デュラセック(クロアチア、ランプレ・メリダ)に7秒差で首位に立った。

 第6ステージでは、遺跡や古城が残るセルチュクの街から、残り3キロから一気に二級山岳を駆け上がるコース。総合リーダーのレベッリンが19位と遅れたため、このステージで6位に入ったデュラセックが新しく総合成績で首位となった。そして、最終日前夜に38度を超える発熱があったというデュラセックがターコイズブルーのリーダージャージーを最終日まで守り切った。一方、第6ステージを終えて、総合2位に付けていたレベッリンは、最終ステージで犬と接触し、落車リタイアという不運に見舞われた。

 今大会には2人の日本人選手が出場していた。NIPPO・ヴィーニファンティーニの黒枝士揮(しき)と山本元喜(げんき)で、チームメートのダニエーレ・コッリの第4ステージでの2位など、チームの好成績を支えた。その一方で、これまでに経験のないレベルの高いステージレースを走り切ったことで、それぞれに明確な課題が見つかり、次のステップにつなげることができるだろう。

 黒枝は本来スプリントを得意とする脚質だが、世界のトップスプリンターが集まっていた今大会では、トップチームを中心に、隊列を組んでのハイスピードなスプリントが展開された。身体が小さく、体重も軽い黒枝は苦戦を強いられた。「登りのあとの小集団のスプリントで勝つような選手になりたい」と話す。一方の山本は第4ステージで念願の「逃げに乗る」ことに成功したものの、ステージ中盤で集団に吸収された。「まだヨーロッパのトップレースで、逃げ切れるほどの力はないが、アジアのレースでは、十分できると思う」と今後の抱負を語った。(写真・文:フリーランスカメラマン 田中苑子(そのこ)/SANKEI EXPRESS

 ■たなか・そのこ 1981年、千葉生まれ。2005年に看護師から自転車専門誌の編集部に転職。08年よりフリーランスカメラマンに転向し、現在はアジアの草レースからツール・ド・フランスまで、世界各国の色鮮やかな自転車レースを追っかけ中。

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