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子供心に覚悟した「死」の感覚 乾ルカ

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子供心に覚悟した「死」の感覚 乾ルカ

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近所の田舎道。消失点が見えそうなこの道、昔は散歩でたまに歩きました=2015年5月24日、北海道札幌市(乾ルカさん撮影)  【本の話をしよう】

 昔、私がまだ高校生だったころ、テレビ朝日系列の『報道ステーション』は『ニュースステーション』という番組タイトルで、司会進行は久米宏さんでした。そして、毎週金曜日には「金曜チェック」というコーナーがあり、私や当時の友人はそれが結構気に入っていて、土曜日(当時は土曜日にも授業がありました)は前夜の「金曜チェック」の話題を好んでしたものです。

 「金曜チェック」を、おぼろげな記憶をもとに簡単に説明するならば、用意された15個(たぶんそれくらい)の設問に自分自身が当てはまるかどうかをチェックし、その週のテーマ(たとえば「お人よし度」など)がどの程度なのかをはかるものでした。「金曜チェック」のみをまとめた本も何巻か出ていたはずです。それだけ当時、人気があったのでしょう。

 この「金曜チェック」ですが、「道産子度チェック」というのもありました。設問のすべては覚えていません。でも一つだけ、今も強く印象に残っているチェック項目があります。それは、

 「吹雪の中で、一度は死を覚悟したことがある」

 というものです。

 道民のイメージは、そこに行き着いてしまうのか、と苦笑いしつつ、あながち間違っていないかも、とも思いました。なぜなら実際私にも、そんな経験があったからです。猛吹雪の中で「ああ、ここで死ぬんだ」と覚悟を固めたことが。

 好天が一変、吹雪に

 それは私が小学生のとき。3年生だったかと思います。冬休みに入って間もなくだった気がしますが、もしかしたら年が明けていたかもしれません。

 今、そういうイベントがあるかどうかは知りませんが、当時私が通っていた小学校には、夏休みは臨海学校、冬休みは林間学校なる催しがありました。長期休暇中の数日、自然の中で遊びながら集団生活をする、といったようなものです。私は内弁慶で、修学旅行ですら苦痛でしたから、一度も参加したことはないのですが、優等生でかつ社交的な私の姉は、しばしば申し込んでいました。

 その年の冬休みも、姉は林間学校に参加することになっていました。しかし、出発直前に歯医者へ行く必要が生じ、参加者を乗せたバスの発車時刻に間に合わないという事態になりました。そこで父が歯の治療を終えた姉を自家用車に乗せ、直接林間学校の場所へ送ることになったのです。

 私はドライブが好きでしたので、同乗しました。

 行きは問題ありませんでした。左に日本海を見ながら、青空のもと、片側一車線のうねる山道を車は進みました。道中、ちょっとした峠のような場所を通りました。頼りない金属ロープが張られた向こうは、冬枯れの木がまばらに生える断崖絶壁で、「ここから落ちたら死ぬかも」などとのんきに考えていました。

 姉を無事送り届けた帰り道、天候は急変しました。ホワイトアウトとはまさにあのこと。助手席から前方を見ても、1メートル先もわからない地吹雪、猛吹雪。車以外は全部白の世界です。そして行きにその峠道の断崖絶壁を目にしていることが、恐ろしさを倍増させました。絶対に道をそれてはいけない。けれども、頼りない金属ロープはおろか、雪に隠れて中央線も見えやしません。私は父に必死で車を停(と)めようと訴えました。けれども父は、非常にゆっくりとしたスピードながら、停まりはしませんでした。

 そのとき、子供心に覚悟しました。「崖から落ちて死ぬか、遭難して死ぬかどちらかだ」と。

 危機体験とシモ関係

 峠を越え、大きな川にかかるどこかの橋を渡ると、それまでのことが嘘のように天気は好転しました。吹雪の中で死なずに済んだことに、ただただ私は安堵(あんど)し、助手席でぐったりしました。

 今思うと、停まらなかった父が正解でした。あんなところで停車していたら、それこそ凍死、あるいは追突されていたでしょう。それにしても怖かった。今までの人生の中で、一番怖かった吹雪体験です。

 で、どうしてこんなことを書いているかというと、先日部屋の整頓をしていたら、本棚の奥から林雄司(Webやぎの目)編『死ぬかと思った』が出てきたからです。この本は肉体的、精神的に「死ぬかと思った」ことで、自分自身折り合いがついている経験の投稿集です。懐かしくてつい読み直してしまいました。

 それにしても、この本に収められた体験談の中に占めるシモ関係の比率たるや。人間、笑いとばせる「死ぬかと思った」事柄は、どうしても尾籠(びろう)な方面に傾いてしまうようです。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『ミツハの一族』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「死ぬかと思った」(林雄司(Webやぎの目)編/アスペクト、1000円+税)

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