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シャネル・ピグマリオン・デイズ 室内楽シリーズ さらなる高みから伝統継承
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シューベルト(1797~1828年)の弦楽五重奏で鮮やかなフィナーレを飾る。左から時計回りにマーティン_ビーヴァー、長尾春花、ヤン=エリック・グスタフソン、木村文枝、大山平一郎の各氏(提供写真) 胸の奥底に潜められた心象世界を精細で濃密な音楽につづってロマン派の扉を開いたシューベルト(1797~1828年)は、リズムや旋律、和音の構造に細密の限りを尽くして切り込んで古典派の音楽に革命的な変化をもたらし、厳格を極めた世界に軽みさえたたえた幽玄の境地をのぞかせたベートーベン(1770~1827年)とは、1世代の隔たりを画すかたわら、わずか1年のうちに2人は相次いで世を去った。驚くほど早く訪れたそれぞれの晩年は、ウィーンの一隅で重なり合いながら、知性と感性の精妙な均衡に成立する音楽に豊かな実りと大いなる変革を運び、手を携えるように新しい世界を指し示して時代を継承していった。
6月6日から10日まで東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催された「シャネル・ピグマリオン・デイズ 室内楽シリーズ」は、ベートーベンが「傑作の森」といわれる名作を次々と世に送り出し、創作の絶頂期にあったピアノ三重奏曲で開幕を告げ、シューベルトが死の年にインクのにじむ時間さえ惜しむような速い筆の運びでしたためた大作の弦楽五重奏曲でフィナーレを飾った。
ステージに登場する音楽家は、アーティスティック・ディレクターで世界的なビオラ奏者、指揮者の大山平一郎が、国際舞台の第一線で活躍するさまざまな世代の名手を結集させ、伸びやかな感性に限りない可能性を秘めた日本の若い才能をよりすぐった。とりどりの楽器の組み合わせに作曲家の思いを織り込んだ室内楽を奏でて、作曲家が生きた時代にまでさかのぼる長い演奏の伝統を継承する営みが情感あふれる響きに結実していく。
ピグマリオンとはギリシャ神話に登場する彫刻の名工。彼は自らつくり出した像のあまりの美しさに恋をし、神がその像に命を吹き込んだ。現在では卓越した芸術をさらなる高みへと導いた神の行いに思いを寄せ、ピグマリオンは優れた芸術家を見いだし、その成長を支援して開花させる人を意味する。シャネルの創始者、ガブリエル シャネルは無名時代のピカソ、ストラビンスキー、コクトーらに手を差し伸べたピグマリオンだった。シャネル・ネクサス・ホールは、その精神を受け継ぎ、2005年から音楽プロジェクト「シャネル・ピグマリオン・デイズ」を開催し、豊かな人間性を備えた芸術家の育成に取り組んできた。
これまでの10年を振り返り、大山は「一つの区切りを終え、次なるステップに進むべき時が来たと確信しています。シャネル・ネクサス・ホールで演奏会を重ねてきた若い音楽家に第一線で活躍している人たちと交じって演奏する経験を与え、より高度な要求に応えながら自らを研(みが)いていくことが必要だと考えました」と室内楽シリーズ創設の意義を説明する。
「外国に出て経験を積み、広い世界を自ら体験することはとても重要だと思います。私は英国や米国などで学び、大河のような西洋音楽の伝統を自らの内に取り込んだ大演奏家たちと出会い、作曲家が生きた時代から降り積もるさまざまな思いが彼らの演奏そのものの中に生きていることを目の当たりにしました。室内楽シリーズは伝統を継承する場でもありたいと考えています」
そう語る大山が指導者の一人として選んだのが東京クヮルテットの第1バイオリン奏者を務めたマーティン ビーヴァー。東京クヮルテットは米国に学んだ若い日本の演奏家が1969年にニューヨークで結成し、大いなる時代を知る歴史的巨匠と演奏を重ね、44年間にわたって世界第一級の弦楽四重奏団として活躍した。ビーヴァーは2002年から13年まで世代の異なる創設メンバーらと数多くの名演奏を残し、有終の美にいっそうの彩りを添えた。大山はまだ20代半ばだったビーヴァーと指揮者として共演し、音楽の価値観を共有して全幅の信頼を寄せる。ビーヴァーも深い思いを口にする。
「私はシャネル・ネクサス・ホールで、これまでの経験で培ったすべてのものを伝えたいと考えました。音楽を奏でることは魂そのもののぶつかり合いであり、価値観の共有です。同じ視線から音楽を見つめ、そこにある真実を実際の響きにしていくのです。シリーズのフィナーレを飾ったシューベルトの弦楽五重奏曲は東京クヮルテットが最後にレコーディングした作品で、そこには私たちが受け継ぎ、新しい命を吹き込んできた伝統が息づいています。これをこの場で演奏できたことに大きな喜びを感じています」(谷口康雄/SANKEI EXPRESS)
※敬称略