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400年続く手拭い専門店 永楽屋 身近な存在 遊び心でアートに
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12.5メートルという長尺に3つの異なる柄を染め抜いた手拭い。着物の反物と同じ長さで仕立てた=2015年6月25日、東京・南青山のスパイラルガーデン(田中幸美撮影) 天井からタペストリーのような白い反物が下がっている。よく見ると、ところどころに祇園祭の鉾や歌舞伎のくま取りをした犬などの絵柄が見える。
京都で14代続く手拭い専門店「永楽屋細辻伊兵衛商店」が6月下旬、東京・南青山のスパイラルガーデンで開催した「十四世・細辻伊兵衛てぬぐいアート展」で披露された作品だ。
これは基本的な反物の長さと同じ12.5メートルの長尺手拭いを作り、その中に3つの異なる柄を染めたアート作品。横に目をやると、もみじをテーマにしたやはり12.5メートルの長い手拭いが。5月の青もみじから季節の移ろいとともに色が変わり、最後は秋の紅葉となるもみじの色のグラデーションを表現した「春秋」。もみじに染め上げた後に縮み加工を施した手拭いで、浴衣としても利用できるという。
さらに一面の黒地にグレーの天に昇る龍が染められた「昇龍」や、作品の中では最大の14メートルの長さを誇る「長刀鉾(なぎなたぼこ)」など所狭しと大型作品が並べられた。昇龍は、型友禅で染め上げ、非常に重厚感があり一見手拭いとは思えない作品だ。
長刀鉾は、17日の祇園祭前祭(さきまつり)の山鉾(やまほこ)巡行で先陣を切って巡行する鉾。その鉾に飾られる金の大鯱(おおしゃちほこ)から鉾のてっぺんまでを原寸大で手拭いにしたという。
また、葵祭や都踊りなど京都の年中行事をテーマに、明治から昭和初期にかけて作られた手拭いを復刻し、六曲一双のびょうぶに仕立て上げたものや、明治中期に京友禅で染め上げた手拭いの原本をびょうぶに仕立てたものなどが展示された。
十四世細辻伊兵衛さん(50)は「アートは遊び心。手拭いのアート展をすることで、手拭いの存在に気付いて、身近に使っていただけたら」と話した。
≪復刻、新柄、素材…老舗に新風≫
手拭い専門店「永楽屋細辻伊兵衛商店」は江戸初期の1615(元和元)年創業とされ、今年400年を迎えた。大和絵の伝統を基調とし、装飾性やデザイン性の豊かな絵画や工芸などで生活全般に影響を与えた「琳派」の誕生と時を同じくする。
正式な史料はないが、断片的な記述と口述を総合すると、創業以前は、織田信長の御用商人を務め、絹や麻を取り扱っていた。屋号の「永楽屋」の名は、通貨の中でも高品質で安定した「永楽通宝」を好んで旗印に使用していた信長から「永楽通宝のように良質のものを扱う店になれと拝領された」(十四世)という。
時代が豊臣から徳川へと移り、日本でも綿が定着すると絹布商から木綿を扱う綿布商に業種転換し、京都の三条通に創業した。そして一世、細辻伊兵衛以降、伊兵衛を襲名するようになった。初代は忠臣蔵の大石内蔵助とも交流があったというから、幾度となく歴史の表舞台と関わってきたのだろう。
手拭いは江戸時代には庶民の生活に欠かせないアイテムだった。当時の浮世絵などには、姉さん被りをした女性やいなせに肩に掛ける若い衆などが描かれる。明治ごろまでは商いの主軸は綿の着物用の反物だったが戦後、洋装化で綿の着物の需要が減り、商いも不調に陥った。その後、主軸を当時としては珍しかったタオルに変換したが、ライセンスブランドを持たなかったことなどから業績が悪化し、債務超過となった。
そんな中、1999(平成11)年、婿養子だった現当主の十四世が社長に就任、ブランディングを一から見直し再建に着手した。十四世は、「タオルより手拭いの方がファッションとしても芸術としても使いやすい。タオルがメーンになってしまった家業を何とかもう一度手拭いを中心とした家業に変えようと思いました」と振り返る。
倉庫に眠っていた明治から昭和初期に製造していた手拭いに着目し、その復刻を制作したのだ。版はすでに存在せず現物しか残っていなかったため、生地や染色、工程を見直し、今までにないアート感覚あふれた復刻手拭いを世に送り出した。復刻以外にも、新柄をはじめ、柔らかな風合いのガーゼ手拭いや、手拭い生地を使用したかばんなど、さまざまな展開を図った。
そして今回、新たな手拭いの価値を見いだそうと手拭いをアートへと高める試みを行った。「現在は漬物や和菓子などさまざまな土産物があふれているが、手拭いは、京都のアートとしてもお土産としても昔から定番だった」という。さらに、「日本の歴史ある手拭いを海外に紹介したい」と目を輝かせた。
スパイラルガーデンで開催された「てぬぐいアート展」の作品の一部が、7月7日(火)まで、京都高島屋1階のゆとりうむ特設会場などで展示されます。(田中幸美(さちみ)、写真も/SANKEI EXPRESS)