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【RE-DESIGN ニッポン】京都の彩色文化、化粧品に
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上羽絵惣(うえばえそう)の色を作り出すためのさまざまな材料。これらを組み合わせることで、多彩な表現が可能になる(北林功さん提供) 京都には平安時代から長きにわたり、さまざまな文化が育まれ、建物、着物、食器など多くのものが美しく彩られてきた。その色彩を生み出すために欠かせないものが「顔料」である。日本画の絵の具として知られる顔料であるが、日本画のみならず、いろいろな工芸に用いられてきた。しかし、明治時代になって西洋化が進み、顔料の需要は激減した。そのなかで、色彩という基本的な価値を現代の生活で使えるように化粧品に応用しているのが京都の上羽絵惣(うえばえそう)である。「RE-DESIGN ニッポン」の第14回は、この取り組みについて紹介したい。
京都の工芸において、色彩を与える顔料は多彩な役割を担ってきた。絵画はもちろん、襖絵、工芸品の着色、着物の図案など、京都の彩りを生み出すために顔料は欠かせないものであった。顔料には、山から採掘した泥や土を水で精製し、不純物を取り去ったあと、板状に干し上げた「水干絵の具」、岩石を砕いた「岩絵の具」、貝殻を砕いて白色を出す「胡粉(ごふん)」の3種類がある。
今回紹介する「上羽絵惣」は1751年の創業で、現在は10代目になる。かつては京都の中心部に二十数軒の絵の具商があり、上羽絵惣は後発であった。しかし、明治維新以降の急激な西洋化により顔料を用いてきた各種工芸は衰退し、それに伴って顔料の売り上げも落ち込んだ。「京都で現在も残っているのは、うち一軒だけ」と上羽絵惣の石田結実取締役は話す。
石田さんは、上羽絵惣9代目の娘であり、現在は10代目を務める兄と二人三脚で上羽絵惣を経営している。かつて兄妹は上羽絵惣を出て別の人生を歩んでいた。しかし、顔料の需要減に加えて、バブル期に行った投資が失敗したことで上羽絵惣が経営危機に陥り、9代目の父が病気で倒れたことをきっかけに、兄妹が経営を引き継いだ。
石田さんたちはそれまでの経営を整理しながら、顔料商としての「軸」を考えた。そこで明確に見えてきたものは「2つあった」と石田さんは語る。「1つ目の軸は、顔料を作ることで生計を立てている職人さんたちの生活を守らねばならないという『親』としての軸。そして2つ目の軸は、京都で昔から続いている唯一の老舗顔料商として京都の色彩文化を受け継ぐ『使命』です」
この2つの軸をベースに石田さんは熟考を重ねた。「京都の工芸は日常生活で用いられてきた。その彩りを演出する顔料も身近に使ってもらいたい」という思いから自分の身の回りを見渡したところ、「現代の女性は爪をキャンバスとして楽しんでいる」ということに気づいたという。化学製品のマニキュアでは肌を痛めてしまうということも知り、天然材料の胡粉でネイルアートができる「胡粉ネイル」を開発した。
京都の色彩文化を受け継ぐ老舗顔料商としての物語を持ち、石田さん自身のように現代の女性が求める品質を備えた「胡粉ネイル」は大人気となり、今では全国の化粧品店で扱われるようになった。現在ではネイルのみならず、リップやハンドクリームなどにも商品を展開している。
受け継ぐべき「軸」を明確にした伝統の顔料は、時代を超えて、現代の生活を豊かに彩り続けている。(「COS KYOTO」代表、コーディネーター 北林功/SANKEI EXPRESS)