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【RE-DESIGN ニッポン】「尾道デニム」 人生刻み世界へ
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尾道デニムプロジェクトの中心メンバーである小川香澄さん(奥)と濱野まり子さん(手前)。尾道の街にひかれ、移住した2人の女性がプロジェクトを牽引する=2015年4月29日(北林功さん提供) 備後地方では、瀬戸内の気候と風土を背景に、木綿の栽培がさかんに行われてきた。江戸期には藩の奨励もあって、日本有数の木綿の産地となり、昭和に入ってからは世界も注目するデニム生地の産地にもなった。しかし、その技術や素材に比べ、知名度はあまり高くはない。そこで、この素材や技術、文化を世界に知ってもらおうと、「尾道デニムプロジェクト」が活動を開始した。「RE-DESIGN ニッポン」の第13回は、この取り組みについて紹介したい。
備後地方の繊維産業の歴史は江戸時代にさかのぼる。木綿は干拓によって生まれた塩分を含む土地でも栽培できること、雨が少なく日照時間が長い気候や肥料となるイワシが沿岸で捕れる環境が木綿作りに適していたのである。備後福山藩主となった水野勝成が奨励して日本有数の木綿産地となり、備後かすりを始めとする生地は作業着などに多く用いられた。
備後かすりは、需要の激減により、生産量は大きく減少したが木綿産地としての技術などは、現代の生活スタイルにおける「作業着」でもある「デニム」の生産へとつながった。同じく備後かすりで用いられてきた藍(あい)染め技術にもたけていたことがジーンズの染色にも応用された。そして、備後地方のデニム生地のうち、最高級品は世界的な有名ブランドにも用いられるようになった。
「尾道デニムプロジェクト」は尾道を中心に宿泊施設「U2」などの運営や「尾道自由大学」などの活動を展開する「ディスカバーリンクせとうち」のプロジェクトの一つとして立ち上げられた。備後地方で特別に作られたデニムを、尾道に住む270人の多種多様な人が1年間履き込み、ビンテージデニムにして販売するという取り組みだ。働き方がさまざまであるため、その味わいも一本一本異なる。
中心メンバーの小川香澄さんは茨城の出身で、尾道の街の魅力にひかれて移住した。「世界へ向けて尾道の素晴らしさを発信したい」という思いから、この活動に取り組んでいる。
「デニムは世界共通だけど、尾道で働く一人一人の人生が刻み込まれたビンテージデニムは、世界で一本だけ。単なるデニムではなく、そういったストーリーと共に尾道を知ってほしい」。こう語る小川さんは「備後の繊維産業やモノづくり、そして文化を受け継いでいきたい」と力を込めた。
現在、このプロジェクトは第2フェーズに入っている。それは尾道の人が履いたデニムをさらに京都などの職人らが受け継ぎ、新たな味わいを加えていくという取り組みだ。デニムと共に思いが受け継がれ、新たな地域の人の人生が刻み込まれる。(「COS KYOTO」代表/コーディネーター 北林功/SANKEI EXPRESS)