ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
国際
【佐藤優の地球を斬る】危険なイラン合意 1年で核武装可能
更新
イラン核開発問題の合意を受けた記念撮影の舞台から立ち去る米国のジョン・ケリー国務長官=2015年7月14日、オーストリア・首都ウィーン(ロイター) 14日、オーストリアの首都ウィーンで行われていたイランと6カ国(米英仏独中露)の外相会合で、イランの核開発問題をめぐる最終合意が得られた。
15日、ホワイトハウスでの記者会見において米国のオバマ大統領は、<イラン核協議の最終合意は「米国の強力な指導力と外交を象徴するものだ」と指摘した。大統領は「合意がなければ中東を戦争と、他国による核開発計画の追求、核兵器開発競争の危険にさらした」と述べ、改めて合意の意義を強調した>(7月16日「産経ニュース」)。13年にわたる懸案が解決したと、米国は成果を強調するが、事態はそれほど楽観できない。
現在、イランは約1万9000基のウラン濃縮のための遠心分離器を持っているが、それを全廃することにはならない。10年後も6104基の遠心分離器が残る。また、地下にある核開発工場も研究機関として存続することになった。偵察衛星では、地下研究所でひそかに核開発が行われていても、その事実を知ることができない。これならば、イランは、1年で広島型原爆を製造することができる。さらに、イランの軍事施設に対する査察は、回数が制限されることになる。イランは核開発に向けた強い国家意思を持っている。今回の合意で、イランがその気になれば、1年で核兵器を保有することができるという枠組みができたと見るのが現実的だ。イラン外交の大勝利だ。
米国の同盟国であるイスラエルのネタニヤフ首相は、今回の合意を厳しく批判する。
<欧米など6カ国とイランによる核協議の最終合意について、イスラエルのネタニヤフ首相は14日、「歴史的な間違いだ」などと即座に批判した。
イスラエルは、「反米反イスラエル」を国是とするイランが核兵器を持つことが自国の存続を脅かすとして、あらゆる手段でこれを阻止する姿勢を示してきた。核協議についても、イラン国内に核関連施設が残り、核開発計画を完全につぶすことはできないとして一貫して反対してきた。
イスラエルは中東で唯一の核兵器保有国とされるが、イランが核開発能力を持てば、中東での軍事的な優位性が崩れかねない。イスラム教シーア派国家イランと対立するスンニ派のサウジアラビアなどアラブ諸国の間で核開発競争が起き、中東情勢が不安定化することへの懸念もある>(7月15日「産経ニュース」)
イスラエルが懸念しているのは、イランの核開発だけではない。16日、東京を訪れたイスラエルの専門家が筆者にこう述べた。
「これで欧米諸国の制裁が解除されるならば、イラン経済は活性化する。その結果、イランはレバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、イエメンのフーシー派などシーア派への軍事を含む支援を強化する。イスラム教スンニ派に属する『イスラム国』(IS)が、イラクとシリアの一部地域を実効支配した後、中東では、スンニ派とシーア派の宗派間対立が強まっている。米国は、IS対策でイランとの協力を考えている。そのため核開発問題でイランに対する姿勢を軟化させたが、その結果、中東情勢は一層不安定になる。
イランの帝国主義的な拡張戦略に刺激されて、トルコが核武装を試みるとともに、周辺諸国への影響力拡大を図るであろう。今回の合意が引き金となって、イランではペルシア帝国、トルコではオスマン帝国の歴史を呼び起こすであろう」
このイスラエル人専門家の見方は、事柄の本質をよくついていると思う。宗教や歴史の記憶という定量化されない要因で、中東の構造変化が起きている。高度なインテリジェンス分析が必要になる。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)