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【佐藤優の地球を斬る】露とバチカン 「ギブ・アンド・テーク」の理由
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バチカンで会談するローマ法王フランシスコ(左)と、ウラジーミル・プーチン露大統領=2015年6月10日、バチカン(ロイター) 10日、ロシアのプーチン大統領がバチカンを訪れ、フランシスコ法王(教皇)と会談した。
<【ベルリン=宮下日出男】ローマ法王フランシスコは10日、ロシアのプーチン大統領とバチカンで会談した。法王庁によると、双方はウクライナ情勢などを中心に話し合い、法王はプーチン氏に対してウクライナ東部の和平実現に向け、「誠実な努力」を促した。
発表によると、法王はウクライナ和平には「多大かつ誠実な努力」が必要だと強調。その上で双方は「対話のための建設的雰囲気」の回復と「全当事者による尽力」が重要との認識で一致した。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」についても意見交換した。
2人の会談は2度目で、ウクライナ危機発生後は初めて。法王はプーチン氏への表立った批判を控えつつ、欧米との協調を促した形。出迎えの際はプーチン氏が理解できる独語で「ようこそ」と語りかけた。
法王はロシア正教会との関係改善を目指すほか、イスラム国によるキリスト教徒の迫害が懸案となる中東情勢でも露側の協力が必要とする事情もあり、会談が注目されていた。プーチン氏はこれに先立つ10日、主要国首脳会議(サミット、G7)について「単なるクラブであり、ロシアと関係ない」と述べ、欧米の制裁を批判した>(6月11日産経ニュース)
一般にはあまり注目されていないが、バチカンはウクライナ紛争の重要な当事者である。ウクライナのポロシェンコ政権は、中央ウクライナと西ウクライナを基盤にしている。特に西ウクライナのリボフ(リビウ)州を中心とするガリツィア地方は、ユニエイト(東方帰一)教会の強い地域だ。ユニエイト教会では、下級司祭は妻帯し、イコン(聖画像)を崇敬するなど、見かけはロシア正教に似ているが、ローマ法王の首位権を認め、教義的にもカトリック教会の立場を取る独自の教会だ。ユニエイト教会は、ウクライナ民族主義と結びついて、反ロシア勢力の拠点になっている。
バチカンは、<法王はプーチン氏に対してウクライナ東部の和平実現に向け、「誠実な努力」を促した>と発表している。この内容を表に出すことはロシア側も同意しているはずだ。すなわち、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州の親ロシア派武装勢力が紛争をエスカレートさせないようにする働きかけをすることをプーチン氏が法王に約束したから、この内容が表に出たのだと思う。
外交は「ギブ・アンド・テーク」でなされるのが通例だ。表に出ていないが、プーチン氏は法王に対して、ユニエイト教会の反露主義を抑制するように働きかけることを要請しているはずだ。フランシスコも肯定的言質を与えたと筆者は見ている。
なぜなら、バチカンにとって最大の脅威は、アルカイダや「イスラム国」(IS)をはじめとするキリスト教世界を敵視するイスラム教原理主義過激派だからだ。バチカンは、ロシアと提携して、対イスラム教原理主義過激派との戦いに力を集中したいと考えている。ロシアにとって、ユニエイト教会を除けば、カトリック教会は脅威ではない。それに対して、アルカイダ、ISなどのイスラム教原理主義過激派は、ロシアの北コーカサス地方にも影響を与えており、プーチン氏にとって、目の前にある現実的脅威だ。
ISの領域内に居住するキリスト教会を擁護するために、バチカンとロシアの間で、基本的な協力の枠組みが、今回のプーチン・フランシスコ会談によってできたのではないかと筆者は推定している。バチカンは、今後、中東における政治的働きかけを強めることになると思う。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)