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【佐藤優の地球を斬る】中東から広がるNPT体制崩壊の予感
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国連総会議場で開かれたNPT(核拡散防止条約)再検討会議の閉幕式で、演説するタウス・フェルキ議長=2015年5月22日、米ニューヨーク(共同) 5月22日、米ニューヨークの国連本部で開かれていたNPT(核拡散防止条約)再検討会議が、最終文書案を採択されずに閉幕した。
<5年に1度開催される会議が決裂したのは2005年以来。約190カ国が加盟するNPT体制の結束の弱さが露呈した。
22日夕の全体会合では、米国、英国、カナダの3カ国代表が演説し、中東非核化問題に関する国際会議を来年3月までに開催するなどとした文書案の文言に異議を唱えた。文書採択は全会一致が原則で、文書案は自動的に不採択となった。
文書案は、国際会議の主催者を国連事務総長と規定。事実上の核保有国であるイスラエルを含む「中東諸国が非核化地帯創設を法的に拘束する条約の締結を目指す」とし、イスラエルの友好国である米国などが反発していた。
議長から各国に提示された最終文書案は、日本が提案した各国指導者の広島・長崎の「被爆地訪問」について中国の反対で削除された代わりに、「核兵器の影響を受けた人々や共同体の経験を直接共有する」ことを各国指導者らに促していた。核軍縮に向けた「効果的措置」を検討する作業部会を国連総会に設置するとの表現も盛り込まれた>(5月23日「産経ニュース」)
イスラエルは、核保有について肯定も否定もしていない。また、NPTにも参加していない。ただし、イスラエルが核兵器を保有していることは、公然の秘密である。イスラエルは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツなどによって無辜(むこ)のユダヤ人が600万人も殺害された経験を踏まえ、二度とこのようなことを繰り返さないとの決意に基づいて創られた国家だ。「全世界に同情されながら絶滅するよりも、全世界を敵に回してでも生き残るために戦う」というのがイスラエルの国是だ。イスラエルは、女性を含め、国民全員に兵役が義務づけられている高度国防国家であり、インテリジェンス能力も極めて高い。イスラエル国家とユダヤ人の絶滅を狙う国家に囲まれているという特殊な条件から、イスラエルは核保有に踏み切った。イスラエルの核は、基本的に防衛的性格を帯びている。それだから、NPTに加わらず、核保有について曖昧政策をイスラエルが取ることを国際社会は認めていたのだ。
今回、最終文書案がまとまらなかった原因を<事実上の核保有国であるイスラエルを含む「中東諸国が非核化地帯創設を法的に拘束する条約の締結を目指す」とし、イスラエルの友好国である米国などが反発していた>ことだけに求めるべきではないと思う。中東における核拡散を実際に阻止することができる非核化地帯創設に関する国際条約ができる見通しがあれば、米国はイスラエルを説得して、条約を締結することはできたはずだ。
むしろ、核拡散問題をめぐり、国際社会の認識が変化していることが、今回、会議が決裂した最大の理由と思う。4月2日、スイスのローザンヌでイランの核開発問題に関する枠組みに関する合意が、米英仏露中独とイランの間でなされた。合意文書には誰も署名していない仮合意であるが、この内容だと、1年あればイランが濃縮ウランによる広島型原爆を製造することができる。さらにもう1年で弾道ミサイルに搭載可能な核弾頭の小型化が可能になる。
イランが核保有をすれば、サウジアラビア・パキスタン間の秘密協定に基づいてパキスタンの核弾頭がサウジ領内に移動する。それに続き、アラブ首長国連邦、カタール、オマーンなどもパキスタンから核兵器を購入する。エジプトとヨルダンは核兵器を自力で開発するであろう。近未来にNPT体制が崩壊するという不吉な予感がするので、どの国も真面目に新条約を作ろうとしていないのだ。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS)