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祇園祭前祭 ずぶぬれ 台風の山鉾巡行
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祇園祭前祭の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)で雨の御池通りを進む山鉾。手前は先頭を行く長刀鉾(なぎなたぼこ)=2015年7月17日午前、京都市中京区(御池通新町から東を望む、志儀駒貴撮影) 京都の夏の風物詩で日本三大祭りの一つ「祇園祭」前半のハイライトとなる前祭(さきまつり)の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)が17日、京都中心部で華やかに行われた。台風11号の西日本縦断により催行が危ぶまれたが、暴風警報が出ていなかったことなどから山鉾連合会が17日の早朝、予定通りの実施を決定。豪華な懸装品(けそうひん)をまとい、雨に煙る23基の山鉾が都大路を練り歩き、沿道の見物客からは惜しみない拍手が送られた。
京都市内はこの日、大雨警報が発令されたものの巡行がスタートする午前9時ごろは、時折傘を必要としないくらいの小雨となった。しかし、11時過ぎくらいから雨脚と風が次第に強くなり、その後は弱まることなく参加者らはずぶぬれになりながら巡行を行った。
祇園囃子(ばやし)が鳴り響き、先頭の長刀鉾(なぎなたぼこ)が「エンヤラヤー」のかけ声とともに四条通烏丸を出発。ビルの谷間を進み、稚児の内藤颯大(そうだい)君(10)が四条通麩屋町に張られたしめ縄を一太刀で切り落とした。その後、孟宗山、芦刈山(あしかりやま)と続き、船鉾(ふねほこ)がしんがりを務めた。
各山鉾は、雨で懸装品がぬれないように透明の雨カバーで覆い、中にはご神体の人形を取り外して臨む山もあった。参加者らは傘を手に歩き、最後には雨で衣装が体に張り付くなどした。
台風や悪天候で巡行が中止になるのは近年例がなかっただけに、実施を決めた山鉾連合会の吉田孝次郎理事長は「雨はへっちゃらだが、風は経験したことがない。屋根に上る作事方(さくじかた)には命綱をつけるよう要請した」と気を引き締めていた。
昨年から復活した「後祭(あとまつり)」は21~23日が宵山。24日には、昨年150年ぶりに再建して巡行に復帰した大船鉾をはじめ山鉾10基が巡行する予定だ。
≪伝統にのっとり「大雨強行」≫
今年の祇園祭前祭(さきまつり)は、台風に翻弄された。巡行前日16日夜の宵山は、台風11号の影響で京都市内は夕方から雨と強風に見舞われ、見物客の出足も少なめ。各山鉾では名物の駒形提灯(こまがたちょうちん)が取り外され、どことなく暗くて寂しい雰囲気に。雨に備えて山鉾の胴体をビニールシートで覆ったり、懸装品(けそうひん)を外すなどし、さらには木の骨組みだけの姿になった山も見られた。
また、深夜に各山鉾の囃子方(はやしかた)が八坂神社御旅所に参拝し、祇園囃子を奉納して巡行の晴天を祈る「日和神楽(ひよりかぐら)」を取りやめ、各町内でのお囃子披露に変更するところが相次いだ。
山鉾巡行の実施については17日午前4時から、祇園祭山鉾連合会理事が集まって対応を協議。全員が「実施すべき」という意見を表明し、4時20分の気象庁からの情報提供をもって最終決定したという。
関係者によると巡行が中止になったのは、阪急電鉄京都線の大宮-河原町間の地下の延伸工事が行われた1962(昭和37)年に前祭、後祭(あとまつり)ともに取りやめたのが直近となる。記録が残る限り荒天で中止された例はないという。
今回は、交通規制を設定し直すことが難しいことなどから、日程の延期や時間をずらしての実施は当初から検討されていなかった。
祇園祭は平安時代初期の869(貞観11)年、都を中心に全国に疫病が流行した際、八坂神社のご祭神、スサノオノミコトの祟(たた)りとされて疫病退散を祈願した「祇園御霊会(ごりょうえ)」が起源とされる。当時の国の数66にちなんで66本の矛を神泉苑に立てて、祇園社(現在の八坂神社)からは神輿が送られたという。山鉾巡行は応仁の乱や第二次大戦の影響で中止されたことはあった。しかし、巡行の後に行われる神幸祭の神輿渡御(みこしとぎょ)の露払いとして悪霊を集める祭礼と位置づけられるため、天候については「小雨決行、大雨強行」といわれてきた。(撮影:田中幸美(さちみ)、志儀駒貴、竹川禎一郎/SANKEI EXPRESS)