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「米国は日本より中国を優先する」歴史の教訓 渡辺武達
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1972年2月21日、米大統領として初めて訪中したリチャード・ニクソン大統領(左)と、毛沢東主席=中国・首都北京市(UPI=共同)
自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」でのメディアへの圧力発言、衆院平和安全法制特別委員会での野党議員による議場内へのプラカード持ち込み、安倍晋三政権の支持率急落、国際的には中国での言論の自由を求める弁護士の大量拘束など、本欄で取り上げてしかるべきトピックスが連続的に発生している。
17日には安倍首相が、世論の批判が高まっていた「新国立競技場」の建設計画を「白紙に戻し、ゼロベース見直す」と表明した。もちろん、それぞれの賛否と価値評価は個々人がなすべきことだが、これらが脈絡なく報道されるから、これからの日本社会のあり方を決める意味で一番重要な、国民の生命と財産を守るにはどうすればいいのかという、冷静かつ理知的な議論がおろそかになってしまっている。
国家は(1)一定以上の規模の人間集団(2)その住む土地(3)それを治める代表組織としての政府があって成立する。そうした組織間の利害調整が外交である。国家が守るべきは国民であり、その社会教育を担うのがメディアの責任となる。
メディアと政治家にその基本的認識がなければ、安全保障論議などいくらやっても国民の関心がそれてしまい、知らぬまに軍事予算が拡大し、福祉予算が削られるということにもなりかねない。
1971年7月11日、筆者を含む日本卓球協会代表団は、中国・北京の人民大会堂で周恩来首相に会っていた。周氏は上機嫌でこの年の3月、名古屋で開催された第31回世界選手権大会にふれ、「皆さんのおかげで世界が変わりました」とねぎらってくれた。
上機嫌の理由が分かるのは、4日後の15日に、翌年2月のニクソン大統領の中国公式訪問が発表されたときである。私たちとの会見の直前にニクソン米大統領の特使、キッシンジャー氏との間で、合意していたのだ。
米中国交回復はあり得ないと信じ切っていたとされる佐藤栄作首相は「よくも秘密が保たれたものだ」と漏したという。71年6月に沖縄返還協定調印を果たしていたが、ちょうど1年後に退陣し、田中角栄(かくえい)首相が登場した。
ここから得られる教訓は、米国は中国との交渉を日本との関係よりも優先するということだ。それが歴史に学ぶということだ。
しかし、日本国民は、財産さえいつでも米国に奪われかねない。それは、1990年代のバブル崩壊でも明白だろう。今の日本政府と外務省には、国民を守れる能力も胆力もあるとは思えない。
一方、筆者は76年を皮切りに92年までに北朝鮮を4回訪問しているが、そこに住む国民にとっても最低の国だ。だが、その北朝鮮でも突然崩壊すれば2000万人余の難民が押し寄せるから、中国も韓国も有効な手が打てない。半面、中国にとって北朝鮮は対米外交カードのひとつだし、日米の軍需産業にとっては、国の軍事予算拡大理由として格好の存在だ。
筆者は2001年に米ハーバード大学に研究員として滞在したが、少なからずの中国政府高官の子弟が留学してきていた。現在、中国のちょっとした富裕層なら、その多くが親族の誰かをカナダやオーストラリアなどに居住させるか、そのための準備をしている。現在の共産党体制がこのままで持つはずがないことを知っているからだ。
筆者はピンポン外交を通して国際力学の一部を垣間見たにすぎない。ただ、佐藤首相の特使として、米軍に緊急時の沖縄への核兵器持ち込みを認める密約の策定にかかわった若泉敬(わかいずみ・けい)京産大教授(当時)は後に日本が「愚者の楽園」になったと嘆き、自死した。若泉氏とはさまざまな国際交流の現場でご一緒したが、その経験からも、学者は社会の真実を追究し、メディアは長期的視点での国民の幸せを確保するという「公益」に資する情報を毅然として提供すべきだとつくづく思う。(同志社大学名誉教授、メディア・情報学者 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)