ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
社会
生き残るのは「金もうけ情報」新聞だけ 渡辺武達
更新
日本経済新聞社が7月23日に、イギリスの経済紙、フィナンシャル・タイムズ(FT)グループを1600億円で買収すると発表し、グローバルなメディア企業の構造変化として各界に衝撃を与えた。筆者は今、オイルマネーの流通拠点の一つであるアラブ首長国連邦のドバイと、インド洋の島国のセーシェル共和国を歴訪中だが、そこでの反応を加えて、今回のFT買収の意味をメディア社会論として読み解いてみたい。
FTはサーモンピンクの用紙に印刷され、通称「ピンクペーパー」と呼ばれている。7月28日付の1面は「取引停止後の中国株式の高騰」で、7月30日付は「FIFA組織浄化の裏側」など、多方面の題材を経済的視点から深くえぐっている。
また、FTの1面の下には「ALWAYS LEARNING PEASON(学習が第一 ピアソン)」と印刷されている。米紙、ニューヨーク・タイムズの1面左肩にある「All the News That’s Fit to Print(印刷に値するあらゆるニュースがここに)」という標語とと同様に、英国の総合メディア企業、ピアソンの傘下にあるFTの誇りが示されている。
FTの規模は紙媒体が約22万5000部、電子版の有料購読者が約50万4000人で、特別大きなものではない。しかし、飛行機の国際線のファーストクラスやビジネスクラスにはかならずFTと、同じくピアソン傘下の経済誌、エコノミストが置いてあるように、経済を実際にコントロールしている階層の必読紙といえる。しかも、購読者は英国内よりも国外のほうが多く、経済政策立案の参考資料としてグローバルな影響力を持っている。
また、欧米、特に欧州の一流紙の発行部数は、日本の全国紙の1割以下のものがほとんどだが、その影響力が違う。かつて筆者は、戦前の日本共産党で委員長を務め、戦後は実業家となった、田中清玄氏の紹介で、1974年に、ノーベル経済学賞を受賞し、現在のEU(欧州連合)を発議し推進したフリードリヒ・ハイエク氏の来日時のお世話をした。そのハイエク氏によれば、欧州の政財界人は新聞を「自分たちが社会を動かすための手段にすぎない」と考えているが、「FTだけは例外で、参考になる記事が多くある」と参考にしていたという。
筆者は「日本セイシェル協会」理事長として、1980年以降、70回以上、この島国を訪問しているが、この国の経済担当大臣などは必ずFTに目を通している。かつて英国の植民地であり、政府幹部の多くが英国への留学経験を有していることにもよるが、小さな国ほど世界経済の変化に翻弄されるから、FTを読み、きちんと世界情勢を把握しておく必要があるのだろう。
一方、発行部数ではFTの10倍もある日経は、日本を代表する経済紙であるが、実質は経済界の「仲よし新聞」的側面も強い。その点でも、今回のFT買収は巨額であるとはいえ、自社の主張をFTによって展開できる可能性が広がり、そのメリットは計り知れないほど大きい。問題は従来の国内向け姿勢をどこまで国際的に通用するレベルまでアップできるかということだが、その点はジャーナリズム的に心配もある。
ネット時代の今、世界の新聞事業で黒字経営なのは米国のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)と日経、FTぐらいである。これら3紙に共通するのはいずれも経済記事が主体であること。言い換えれば、ネットから無料で情報入手ができる時代に、有料で購入するのは「金もうけに関わる情報」が主だということである。
とすれば、社会のネット化が進行すればするほど、政治と経済を牛耳るものに有利な情報がマスメディアの主流になるということになる。その点でも、FT買収で、日本経済の世界的発言力が高まっても、それは必ずしも一般市民の利益には結びつかないということになる。
7月28日付のFTには「日経によるFTへの尊敬の念が今後の希望」という読者の投稿が掲載されていた。つまり、この投稿を選んで掲載したFTの社内には、日経による買収への危惧があるということである。(同志社大学名誉教授、メディア・情報学者 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)