戦後、新潟県内に在る宮川少尉の墓前に、2週もの間額(ぬか)ずく滝本伍長の姿を見る。少尉の遺族が握り飯を差し入れるなどするが、伍長はいずことなく姿を消す。数日後、自ら命を絶った、ともいわれる。
宮川少尉の最期は「天候不良による事故死」「燃料切れによる墜落死」だったとしても、汚辱を晴らす悲願の「特攻死」を遂げた。数多(あまた)の書籍で紹介され映画・舞台で蘇った少尉に比べ、伍長の伝聞は悲しいほど少ない。「帰還」は躊躇ったのではなく、敵に一矢報いる完璧な死に場所を次に期待しつつも、適(かな)わず、終戦を迎えたのかもしれない。が、今となっては知る由もない。
いずれの心が「強い」のか「弱い」のか。どちらにしても「苦しんだ」。とりわけ「2匹の蛍」の約束を違(たが)えた伍長は、ひたすら「赦し」を求め続けたことだろう。
《沈黙》では、イエスの顔を描いた磨(す)り減った踏絵を踏む前、司祭の足に激痛が襲う。踏絵の中のイエスは司祭に語りかける。
「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。痛さを分つため(私はこの世に生まれ)、十字架を背負ったのだ」
滝本伍長に聞かせたかった言葉…。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)