家業をアウトドア用品大手に変えた2代目社長 スノーピーク山井氏、起死回生の一手となったのは? (1/9ページ)

2015.2.24 10:56

山井太・スノーピーク社長(中央)と、村田育生・村田作戦社長(後列左)、大栗芙実子・OKURICOMPANY社長(同右)=新潟県三条市

山井太・スノーピーク社長(中央)と、村田育生・村田作戦社長(後列左)、大栗芙実子・OKURICOMPANY社長(同右)=新潟県三条市【拡大】

  • 対談に応じる山井太・スノーピーク社長。手前は大栗芙美子OKURICOMPANY社長

 東証マザーズに上場を果たした高級アウトドア用品メーカー、スノーピークの社長、山井太氏。父親の会社を継いでから一進一退の連続だったが、飛躍へと導いた起死回生策は社員のひとことがきっかけだった。新潟県三条市の同社本社でのOKURICOMPANYの大栗芙実子社長、村田育生・村田作戦社長との鼎談の詳報をお伝えする。

■入社動機は「アウトドアを仕掛けるため」

 大栗社長 上場、おめでとうございます。金物問屋からスタートした会社が、世界的なアウトドアブランドとなった足跡は、成長のヒントがあふれていると思います。

 山井社長 ありがとうございます。スノーピークは父が金物問屋として創業しました。ロッククライミングが大好きでほぼ毎週、夜行で出かけていく登山ヘンタイだった(笑い)。私は父に「お前は、危ないから」と登山を禁止されていましたが、登山の伝記を読むのが好きで、山へのあこがれもありました。自然との関わり方として登山とは別のアウトドアの楽しみ方を考えていました。

 大栗社長 アウトドアへの執着には背景がありそうです。

 山井社長 高校までここ、燕三条で育ちまして、その後明治大学に入って東京に出ました。東京に住むようになって強い違和感を覚えたことがあったんです。当時、つまり1980年代半ばの日本は経済的に成功していたはずなのに、生活はストレスが多くちっとも豊かじゃない。同時に街中を見て感じた違和感もあって、「パジェロ」とか「デリカ」とか、本来アウトドアを楽しむためのSUVというクルマがいっぱい走っているのに、アウトドアを楽しむ人はいない。変な時代だな、と感じたわけです。

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