建設や維持管理にこれまで約1兆円が投じられた福井県敦賀市の高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(2013年7月撮影)【拡大】
約2週間前、規制委は文部科学省の田中正朗研究開発局長ら幹部を呼んだ。その際、規制委は「いつまでも待っていられない。文科省は我慢強く見守っていくという認識なのか」と最後通告を突き付けていた。
当初、規制委の田中俊一委員長は勧告権の行使に否定的だった。記者会見の場では「あまりそういうものは使いたくない」と明言。政府とは独立した組織として誕生した規制委は、自制を旨とし、他省庁に遠慮していた部分があった。
しかし、規制委は福島事故を教訓に新規制基準を作成し、審査を通して事業者と丁々発止の議論を繰り広げ、安全に対するみじんの妥協も許さない姿勢を示してきた。こうした姿勢を貫くためには、機構に対する“断罪”を決定する必要があったのだ。
機構の経緯を振り返ると体質は万全だったとは言い難い。平成7年に配管からナトリウム漏れ事故を起こした際には、機構の前身となる動力炉・核燃料開発事業団が、現場のビデオで都合の悪い部分を編集でカットしたり、ビデオそのものを隠したりして、その隠蔽体質が批判されていた。(原子力取材班)