
若女将の吉田純子さん。店内には名言とともに織田作之助の写真が飾られている【拡大】
昭和15年に発表した「夫婦善哉」には、遊蕩(ゆうとう)を繰り返す柳吉と夫婦げんかをした蝶子が、一人で自由軒に行く場面がある。
《楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒(ここ)のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、…》
苦労をさせられても、ほれた柳吉から離れられない蝶子の心情がじわりとにじむエピソードである。織田は自由軒で名物カレーを食べながら、このくだりを考えたのだろうか。
名物カレーは、ご飯とカレーが混ざった状態で提供される。このスタイルは創業当時、ご飯を保温する設備がない中で熱いカレーライスを食べてもらおうと考案された。上に載せられた卵は当時、貴重品だったが「高価な食材を比較的安く提供して喜ばれました」と吉田さんは言う。