文さんは物語の書き手としても達者だった。姉弟や親子の微妙な感情を美しい言葉でみごとに描いた『おとうと』、置屋の女中を主人公にして成瀬巳喜男の映画でも有名になった『流れる』、祖母から受けたるつ子の着物人生を追った遺作『きもの』など、いずれも瑞々しい。けれども、何度読んでも納得させられるのは、随筆である。露伴の「しつけ」がどんな文章からも伝わってくるとともに、その手際や間合いの呼吸から、実にたくさんの日本の「家」の価値が匂いたってくる。
このことは、のちに母にも勝る名随筆『小石川の家』『幸田文の箪笥の引き出し』などを書いた青木玉さんにも受け継がれた。いったい露伴はこの女たちに何を仕掛けたのであったのか。感服するばかりだ。
【KEY BOOK】「父・こんなこと」(幸田文著/新潮文庫、452円)
露伴が病魔に侵されこの世から去っていくまでの一部始終を、克明に綴った珠玉の記録文学。気になる人をもつ者ならば、目を通しておきたい必読書だ。文さんはいつのころからか、自分が父の死をとことん見極めなければいけないと心に決めていたようで、しかし父の最期を綴るにはもっと淡々たる言葉づかいが必要だと自分に言い聞かせたらしく、その気迫と配慮とが絶妙に交わったままに綴られている。『こんなこと』は露伴の日常茶飯を炙り出す。