【KEY BOOK】「月の塵」(幸田文著/講談社文庫、620円)
文さんの随筆に入るのはこの本からがいい。露伴の体の具合が悪くなってきたとき、自分は父のことを書くのだと決めた当初の気合というか、気っ風というか、そういう生々とした覚悟のようなものが、まことに微細な文章となって伝わってくる。ひとつずつの随筆は短めで、たいてい季節感が入っている。露伴の言い分と自分の間隔とのずれもしょっちゅう出てくる。でも、どんな随筆も父への敬意が香(かぐわ)しい。いつまでも読んでいたい随筆だ。
【KEY BOOK】「季節のかたみ」(幸田文著/講談社文庫、660円)
63歳から75歳までの随筆集。それまでの父をめぐる随筆にくらべて、さすがに文さんの年季も入ってきたので、屈託のなさ、押し通すところ、世間に対する平然とした距離感、四季折々の出会いの深みなど、いっそう滋味深い。「春の声」「くくる」「台所育ち」「なくしもの」「壁つち」など、いずれも泣かせる。この魅力、いったい何だろうとずっと思っていたのだが、そうか、これはおそらく明治生まれの日本女性の「いさぎよさ」というものだと確信した。