ウクライナ・ドネツク【拡大】
ウクライナは1991年に独立を宣言。しかし市場経済への移行は遅れ、ウクライナは鉄鋼や機械生産などの産業が発展していたが、主な供給先はソ連圏内だったため、ソ連崩壊に伴う国家間の流通分断で大打撃を受けた。
経済は鉄鋼価格の国際的な上昇を受け、2000年にようやくプラス成長に転じた。04年の「オレンジ革命」で親欧米派による政権奪取が実現すると、外資系銀行などの参入が加速し、住宅や自動車ローンが普及して経済はバブル状態になった。
改革の遅れで融資中断
しかしバブルの要因は、ウクライナが自国通貨フリブナを事実上対ドルで固定していたため、為替リスクがなく人々が多額の外貨建てローンを借り入れたり、投機的資金が大量に流入したことにあった。08年のリーマン・ショックで資本が一気に引き揚げ、通貨が下落すると経済は大混乱に陥り、09年の経済成長率はマイナス14.4%となった。