震災後に離ればなれになってしまった安斎紅歩(くれあ)さんと黒沢風空(ふうあ)さん。今では年に数回しか会えないが、一緒に遊べる日に思いをはせながらお互いへのメッセージを元気に掲げた=2014年2月22日、福島県伊達郡川俣町(左、松本健吾撮影)、山形県山形市(右、鴨川一也撮影)【拡大】
メッセージの掲出は段ボールがぼろぼろになるまで2カ月近くも続けられ、その後、風空さん一家は震災の1カ月前に生まれた妹(3)のため、川俣町から山形市へと移り住んだ。
今ではお盆や正月など、年に数回しか会うことができない2人。友人も増え、新しい生活にも慣れた風空さんだが「川俣に戻りたい」と漏らすこともあるという。紅歩さんは「遊び相手がいなくなって寂しい。早くまた会いたいな」と話している。
≪福島県伊達郡川俣町 安斎紅歩さん(10)/山形県山形市 黒沢風空さん(8)≫
震災後に離ればなれになってしまった安斎紅歩(くれあ)さんと黒沢風空(ふうあ)さん。今では年に数回しか会えないが、一緒に遊べる日に思いをはせながらお互いへのメッセージを元気に掲げた。(2014(平成26)年2月22日)
震災当初、自衛隊の復興支援車両が通るたびに仲良く並んで感謝のメッセージを掲げていた安斎紅歩(くれあ)ちゃんと黒沢風空(ふうあ)ちゃん。(2011年5月24日、福島県伊達郡川俣町)