震災後に離ればなれになってしまった安斎紅歩(くれあ)さんと黒沢風空(ふうあ)さん。今では年に数回しか会えないが、一緒に遊べる日に思いをはせながらお互いへのメッセージを元気に掲げた=2014年2月22日、福島県伊達郡川俣町(左、松本健吾撮影)、山形県山形市(右、鴨川一也撮影)【拡大】
≪宮城県亘理郡亘理町 斉藤優真君(11) まつ子さん(65) 愁斗君(9)≫
2011(平成23)年5月13日には、避難所で「一生イチゴ作りをして田畑を作って暮らしていたかったです」と訴えた。震災で自宅が全壊し、今は仮設住宅に。ハウスや農業機具も流され、イチゴ栽培からの引退を決断。斉藤まつ子さんは「家族全員で囲める大きな食卓がないのが残念です。少しでも早く、元の家のあった場所に戻ることを励みに暮らしていきたい」と胸の内を漏らした。(2014(平成26)年2月10日)
≪福島県二本松市 鴫原武夫さん≫
2011(平成23)年4月6日には、「死ぬまでやるよ!ちちしぼり」と宣言。原発事故の影響で出荷停止になり、搾った生乳を畑に捨てていたこともあったが「負けないぞ!」と、3年後の今も酪農を営んでいる。(2014(平成26)年2月22日)(SANKEI EXPRESS)