≪福島代表・田中有香理さん「見つけられなかった父」≫
「もしかしたら生きていたかもしれないのに見つけてあげられなかった。その思いが消えることはなく、ただ胸がしめつけられる」
政府主催の追悼式に福島県代表として臨んだ会社員、田中友香理さん(27)の追悼の言葉には、父を失った無念さがにじみ出ていた。
3年前のあの日、双葉町の自宅で洗濯物を干していたら、父の利克さん=当時(54)=が手伝ってくれた。最後の会話は「次の休みに一緒に車の点検に行こうな」。その後、浪江町の勤務先で、父が自宅で津波に流されて行方不明になったことを知った。
すぐにでも捜しに行きたかった。だが、東京電力福島第1原発事故で自宅周辺は立ち入り制限になり、避難を余儀なくされた。大学に通うため仙台市に住んでいたとき、毎月会いに来てくれた優しい父。避難所では声を殺して泣いた。震災から41日後に、父は発見された。