「未曽有の災害とはいえ、一緒にいてやれなかったことが、残念でなりません」。壇上で声を少し震わせながら悔恨を吐露した。
共働きだった夫婦。「退職後はお互い、好きなことをやろうね」との約束通り、悦子さんはコーラスや絵手紙のほか、婦人防火クラブや読み聞かせなど地域活動にも熱心だった。
突然の1人暮らし。留守中も家の電気をつけっぱなしにするようになった。酒席で友人に明かした。「家は、母と妻のにおいがするのに姿はない。帰るのがつらいから、せめて電気をつけて外出している」
それでも「ボランティアの方々など、いろんな人の力で前に進むことができた」。地元の復興祭など地域活動に積極的に貢献し、昨年(2013年)11月には高台移転計画の部会長に任命された。
妻が引っ張ってくれているように感じる。「残された者、生かされた者の使命として、亡くなられた人たちの分まで精いっぱい生きていかなければならないと思っております」(SANKEI EXPRESS)