文遊社の『鈴木いづみコレクション』全8冊はすべて荒木経惟(のぶよし)のモノクローム写真で飾られた。自殺して10年目の刊行だった。みんなが『鈴木いづみが還ってきた!」と感じた(小森康仁さん撮影、松岡正剛事務所提供)【拡大】
こんなふうに紹介すると、スキャンダラスで不可解な日々を疾駆した才気煥発な官能作家の勝手な呟きだったかのように思うかもしれないが、そうじゃない。作品や文章を読めばたちどころにわかるように、その飛び抜けた異才には、誰もがどぎまぎするほど揺さぶられたはずだ。少なくともぼくはそうだった。
いまやっと、鈴木いづみを本気で読む者がふえている。今日の社会の正体を見抜いた先駆者だったからだろう。本人は「私は夜の底をはだしで歩いている赤ん坊のようなもの」と自嘲気味に言っていたが、その実、70年代をおえた日本が「本物の才能をもつ者こそ喪失感に苛(さいな)まれる社会」になりつつあることを、鋭く喝破していたのである。
鈴木いづみ。その生涯がブックウェアそのものだった。こんなふうに書いている。「ことばが世界だ。私は意識が明瞭であることばの世界に生きていたい」。