映画は「事実をもとにしているが、史実ではない」と断っているが、酒や麻薬にとりつかれて、死の2日後、身重の妻が飛び降り自殺した事実を重ね合わせ、モディリアーニの人生に悲劇性をイメージする人は多い。端正な容貌や華やかな女性関係も伝説を増幅させた。
一方で、過去にいくつかの回顧展は開かれたものの、「語り方が難しく、作品の評価や画家の美術史上での位置づけが十分とは言えなかった」と指摘するのが、ポーラ美術館の島本英明学芸員だ。
エコール・ド・パリにはピカソ、シャガール、ユトリロ、スーチン、藤田嗣治(つぐはる)らも集い、互いに刺激し合った。今回の企画展では、周囲からの影響や創作の変遷の実像に迫るために、わずか15年の活動期間を4期に分けた。
1906~09年は、セザンヌに傾倒し、ピカソの「青の時代」の画風に影響を受けるなど前衛を目指した。09~14年は、ブランクーシと出会い、彫刻に打ち込む。15~18年は、費用や体力面を理由に、彫刻をあきらめて絵画に戻った時期で、彫刻で求めた形や線の理想を絵画でも実現しようと、意欲的に取り組んだ。