バルテュス「美しい日々」(1944~46年)_ハーシュホーン博物館と彫刻の庭。(C)Hirshhorn_Museam_and_Sculpture_Garden,Smithsonian_insutitution_Gift_of_the_joseph_H.Hirshhorn_Foundation,1966.Photography_by_Lee_Stalsworth【拡大】
だから、バルテュスの絵は、けっしてのんびりとした空間を描いていない。緊張感に満ちた構図や人物のポーズには、次の瞬間、何が起こるかわからない不穏さが秘められている。
今回は展示のない「街路」や「山(夏)」では顕著だが、登場人物はだれも目を合わさず、どこか挙動不審だ。刺激的な美と不安さ、そして伝統的な絵肌や色調が同居する作為的な画面は、鑑賞者の心に突き刺さり、記憶に根を下ろす。
前衛には背を向け
バルテュスは「孤高の画家」と呼ばれる。独自で絵を学び、ピカソやサルバドル・ダリらと交わりながら、キュービスムにもシュールレアリスムにも背を向けて、最後まで具象を貫いた。
拾った猫との触れあいを描いて「ミツ」として出版したのは、わずか13歳、エミリー・ブロンテの小説「嵐が丘」の挿絵を描いたのは24歳ごろ。展示されている、これらの作品を見れば、若くして卓抜したデッサン力を備えていたバルテュスが、持てる才能を投げ捨て抽象画に走る必要はなかったし、「流行(前衛)はいつか古びる」ことを鋭敏な臭覚で感じ取っていたとも思えてくる。