ウクライナ人の解放や独立国家を希求する民族主義が、思想的な体系を得たのは20世紀初頭だった。現在の民族主義勢力は特に、第二次大戦期から1950年代まで対ソ連パルチザン闘争を行ったウクライナ蜂起軍(UPA)の指導者、ステパン・バンデラ(1909~59)を信奉。バンデラ派がナチス・ドイツに手を貸した局面があった点をとらえ、ロシアはウクライナ民族主義者に「ファシスト」のレッテルを貼る。
実体ない「ロシア語迫害」
しかし、旧ソ連に編入されたのが45年と遅く、民族主義の牙城とされるウクライナ最西部ですらも、「ロシア語使用者が迫害されている」といった、ロシアの非難する現実はない。
最西部リビウで日常的に使われているのはウクライナ語だが、大半の人々はロシア語もきちんと話す。政党「自由」の党員だけはロシア語のインタビューにウクライナ語で答え続けたが、こうした偏狭な姿勢はむしろ、この党が西部でも支持を失いつつある理由となっている。