大会1日目、レースはハンガリー北部のベスプレームをスタートした。2日目はスロバキア、3日目はチェコ、4日目はスロバキアから国境を越えてポーランドに入り、5、6日目はポーランドで開催された。そして最終はポーランド南部のタルヌフでゴールを迎えた。
≪先人の勇気息づく街を行く≫
この中央ヨーロッパの4カ国は「ビシェグラード4カ国(V4)」という地域グループを形成しており、非常に良い関係性をもっているものの言語や文化は異なる。主催者の多くはポーランド人であり、レースがポーランドに入ると一安心。「正直、ハンガリーでは複雑なことが多くて、主催者同士でもよくわかっていないことが多かったの…」と本音をこぼした。
そして今大会は、ヤン・カルスキ氏の生誕100周年を記念する大会でもあった。これらのレースが周回したエリア、とくにポーランドは第二次世界大戦時にナチス・ドイツによる侵略を受け、アウシュビッツ強制収容所に代表される“絶滅収容所”で、何百万人というユダヤ人が虐殺された暗い歴史をもつ。ポーランド人レジスタンス活動家だったカルスキ氏は、反ナチスの秘密国家に奉仕し、早い段階から強制収容所で行われていた大量虐殺を世界に伝えた人物だ。大会名になっている「クーリエ」とは、彼のように使命をもって水面下で動いた密使を指す。