だが一方で、映像を見続けることはかなり受動的な視覚情報の受け取り方になってしまう。トラクターの写真を眺めていた誰かが急に放つ、「お、このクボタT15、月賦で買ったんだよ!」なんていう言葉。本ならそのページで立ち止まることができるが、リモコンではそんなにうまく「一時停止」ボタンは押せない。その視覚情報と触れ合う時間を自分で牛耳れるところに、本の魅力はあったのだ。
患者家族のストレスアウトも
実はこの「さやのもとクリニック」の本棚は、これで機能の半分だ。もう半分は、介護で本当に大変な思いをしている家族のためのストレスアウト用の本をそろえることになった。正直にいって、認知症患者を支える家族に本を読もうなどという精神的余裕はまったくない。けれど、通院型のこの病院では、先生が診察をしているわずか20分だけ許される安息の時間になんとか彼らの心と体をもみほぐしたいと考えた。毎日の介護に集中し、気を配り続ける彼らに少しでも視点を変換できるヒントを差し出すための本。20分だけでも、未来を向いてもらうための本。ちょっと遠い先のことかもしれないけれど、次の旅先を考えたり、ふと空を見上げたり、そんなことの背中押しぐらいだったら本だってできるかもしれない。そんな気持ちが詰まっている。
この病院の本棚は、これで完成なのではなく、やっとスタート地点に立ったところだと思っている。これからも現場の生の声と向き合いながら、本だからこそできることを少しずつ確認していくしかない。そんなふうにして認知症患者のための本棚をつくっていくしかないのだ。(ブックディレクター 幅允孝(はば・よしたか)/SANKEI EXPRESS)
■はば・よしたか BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。最近は、神楽坂にできた「la kagu」に本棚を作りました。