勿論、現代の人情はそうした難しい各種の現代に関連して成り立っているので、それをまともにやると難しくなってしまうのだけれども、けれども人情には他の理論や理窟と違って、必ずしも最新のものを用いる必要がない、という特殊事情があり、また、特に優れた人情でもないものを小説家が作者という立場を利用して、これぞ人情!と作品内で吹聴すれば、その人情を中心にすべてが回るようになるので、割とわかりやすい、プクプクしたママOKの世界を拵(こしら)えることができ、多くの場合、作者の技術は、その部分に力を発揮するのである。
しかるに、この藤谷治『現代罪悪集』は、そうして都合よく拵えた人情ではなく、どこで誰がどんな意図を持ってなにをしているのかさっぱりわからない割に、その顕れだけは、ひりひりと感じ、その気になれば精(くわ)しく克明に知ることもできる現代の人情を、物差しとして使い勝手のよい、手に馴染んだ人情ではなく、どこにでもある現代の人情の表れとしての作者の視点とぶつけて描いている。