ところが鎌倉時代には、実はヒルコはエビス神だったという風説が定着し、むしろ恵みをもたらす海上神だということになった。エベっさんが右手に釣竿を持って左手に鯛を抱えている姿をしているのも、そうした由来にもとづいている。日本には「流された神こそがかえって恵みをもたらしてくれる」という信仰が根強かったのである。
その後、エビスは、出雲神話の主人公であるオオクニヌシ(大国主神)の子のコトシロヌシ(事代主神)と習合して、「国譲り」の力を秘めるものとされるようになった。コトシロヌシが海上からやってくる神だったので合体してしまったのである。
もっとエビスは変化した。日本人得意の「見立て」の作用がはたらいていったのだ。たとえば「恵比寿と大黒」が並び称されたのは、大国主をダイコク様と呼んでいるうちに大黒神とつながって、それがコトシロヌシ=エビスとの関係で福神として並称されるようになったからだし、西宮の今宮戎神社でエベっさんが商売繁盛の神さまになったのも、「国譲り」の力が商売の力に結びついたからだった。
それだけではない。実は室町時代半ばには全国の津々浦々で漁師や商人たちが寄り集まる「ゑびす講」という寄合がさかんになっていて、ここで頼母子講のようなものが営まれると、こういうセフティガードのしくみが機能できているのも、エベっさんのおかげだろう、だったらもっと大切にしようということにもなったのだ。