本書には、その信念ゆえに義治さんが受けた苦難が克明に記される。零下6~7度の酷寒のなか、たった1枚の衣服しか与えられない。強制労働により、身長は10センチ縮んだ。左目も失明同然に。
敏雄さんら家族も文化大革命のさなか、長兄が無実の罪で逮捕されるなど、「日本の鬼の子」として激しい差別と迫害を受ける。経済的にも困窮し、家財道具を売り払って糊口をしのぐ生活だった。
日中関係の改善により78年に特赦を受け、一家は日本に帰国。しかし、一家の悲劇は終わらなかった。何者かが義治さんになりすまして書類を偽造し軍人恩給を申請、横領されていたことが判明したのだ。国に見直しを申請したが受理されず、義治さんは軍人として正当な功績が認められないまま寝たきり生活に入ってしまう。
誇り持ち日本語で
「釈放されたら本を出版したい」との思いを抱いていた義治さんだが、かなわない体に。志を継いだのは敏雄さんだった。「私たちが体験した苦難を歴史の闇に葬ってはならないという使命感から筆を執りました」