ところが『花伝書』も『花鏡』も一般にはまったく知られてこなかったのである。明治42年に安田善次郎所蔵の古書が吉田東伍に預けられたとき、やっと陽の目を見た。なぜ知られていなかったのか。秘伝であり口伝であったからだ。ぼくはこのことを知って、本当に伝承されるべきものはこのような「秘すれば花」でなければならないのかと、心底愕然とした。安易な普及だけでは伝承できないものがあったのだ。
能は「型」に入って「型」に出ることで成立する。これを習得するために稽古があった。稽古は「古(いにしえ)を稽(かんが)える」ためのもので、そのためにするべき技法は「まねる」「うつす」「わたす」の3つのプロセスの繰り返しだった。そのために二曲三体を定め、一調二機三声を教え、位も九位を設けた。まことに凄い。