なかでもぼくが衝撃を受けたのは「却来」(きゃくらい)の思想だった。これは優れた風儀がつまらぬ「なりふり」を一挙に吸収していくことをいう。くだらなさ、つまらなさ、下品さを、対立もせず非難もせず、見捨てもせず、次々に抱握してしまうのである。これが却来だ。なるほど「能」とは、このようにして万象万障に「能(あた)う」ものだったのである。
【KEY BOOK】世阿弥「花伝書(風姿花伝)」(川瀬一馬校注/講談社文庫、484円)
序には「稽古は強かれ、博識は流れとあれ」とある。徹底して稽古をしていけば博識はおのずの流れでついてくるというのだ。このあと「問答」「奥義」「花修」「別紙口伝」と続く。最も大事なことは、花を感じられること、物学(ものまね)に徹すること、「崇」(かさ)と「長」(たけ)をおぼえて幽玄に向かうこと、そして「おもしろき」と「めづらしき」を同時に習得することだ。ともかく文章がすばらしい。ぼくは3~5年に一度ずつ再読してきた。