「外はまぶしく何も見えなかった。とても幸せだった。体中が痛かったが、泣かなかった」。24日、小柄な少年が、とつとつと語った。けがは回復していたが、ほとんど笑わず声に力はない。
タクシー運転手の家庭で生まれた。10歳で隣国インドの飲食店に1年働きに出され、母親は中東クウェートへ出稼ぎに。ばらばらの家族だった。カトマンズを転々とし、ゴンゴブ地区でホテルの客引きになり、住み込みで多い時は1日500ネパールルピー(約600円)ほどの稼ぎだった。
大地震の発生時は、7階建てホテルの2階で食事中。壁が崩れ、暗闇に閉じ込められた。手探りで見つけたバターを食べ、ぬれた布を口に含んだ。意識がもうろうとしたまま時間が過ぎるうち「心配しないで。助ける」と呼び掛ける声がした。救助活動中のネパールの警官だった。
仲が良かった従業員仲間6人は、いずれも安否が分からない。チベット仏教の宗教画をつくる姉(18)のもとに身を寄せているが「独立して家から出たい」と言う。